◆ 一 杯 の か け そ ば ◆

 『一杯のかけそば』の作者が詐欺罪で追いかけ回されているそうである。

 『一杯のかけそば』−それはワタシにとってはちょっと腹立たしい記憶を呼び起こす。
 ワタシはあの話しのお陰でかなり嫌な思いを何度かしているのだ。

 もう、忘れてしまったが、アレが流行ったのは確かワタシが「OLさん」を辞めるちょっと前で、誰に薦められたんだろう、多分、OLの時一緒に仕事していた意地悪なパートのおばちゃんにもらったのか、退職した後にわざわざその人から送られて来たのか、ともかく、ワタシは何人かの人にアレを読むよう薦められて、オマケにコピーしたソレを誰かに不幸の手紙みたく本人の意思に反してもらったのだ。
 しかもそれは只単に「ちょっとアナタ、これ良いお話だから、お読みなさいよ」ってワケでもらったり薦められたんではなく、「アンタみたいな苦労を知らないしょーもない我が儘娘はコレでも読んで少しは改心しなさいよ」というニュアンスで押しつけられたのだ。

 それだけでも気分が良いワケないのだが、それでもワタシは手には入ってしまったソレを素直な気持ちで読んだのである。
 しかし、それがどこがどうというのはもう忘れてしまったが(今回も、一回読み直そうと思ったのだけれど見つからなかった(^_^;)でも捨ててない事は確かだ。)一読して、ワタシは「ナンか、チガウ」と思った。
 それは、なんとなくその文章全体が欺瞞だと感じたのか、「そんなんなら、店の人も気を利かしてさりげなく大盛りにしてやるとか、そば位奢ってやりゃいいのに」と思ったのか、「お金は無いだろうけど、この家族は仲良しで羨ましい、幸せだ」と思ったのか、具体的に思い出せないのがはがゆいが、ともかくワケも判らないヤな予感というか、ワタシの野性はその『一杯のかけそば』と「ソレを賛美する人々」に対して「アヤシイ、アヤシイ、アヤシイ、ナンか、チガウ、チガウ、チガウ、キケン、キケン、キケン」とささやいたのだ。
 そんなにうさん臭いと思った文章を皆が賛美するだけでなく、更にそれをワタシに読んで改心しろと言われた上、だいたい、ワタシ的にはそれまでに『一杯のかけそば』のお話以上に結構な波瀾万丈をそれでも乗り越えて来た経験があったので、当時のワタシのこころの叫びは、こうだ。
「チガーウ、わかってなーい!」
 しかも、その直後「OLさん」を辞めたワタシはバイトをしていて、そのピザ屋の若い元ヤンキーの店長に『一杯のかけそば』って素晴らしいっ感動するよね、と同意を求められ、つい不用意に正直に「そうかなー・・・」みたいな事を口走ってしまったお陰で、ワタシはそこを辞めるまで、みんなから「冷たい、ココロが無い」というレッテルを貼られた。貼られまくった。

 そして、あれから早10年。『一杯のかけそば』の作者はあちこちで詐欺を働いて逃げていて、オマケにあの話しは実話でないらしいという。

 ワイドショーでそれを聞きつけたワタシはこう思った。
ホレ見ろ、やっぱ、そうだったぢゃん。

 ・・・人の不幸を喜ぶのはホントはイケナイコトだけれども、ちょっとウレシイ。
 恐らく誰にもあの時のワタシは認めてもらえないけれども、少しだけ、あの時から巣くっていたワタシの中の気持ちのわだかまり、みたいなモノが、今回少しだけ溶けた様な気がする。
 黒いよろこびである。

◆ 改築記念 02月09日〜15日 1999 ◆