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ふぁいるでーた

シワのおじいちゃん


通しNo .00001
〜なはなし
ホロり・じ〜ん
思ひ出・のすたるじあ
〜のはなし
旅・せかい
家族・ひと
時事・しゃかい
出発前の君へ・・・
せかい
インドネシア
〜のころ
すなふきん(前半)
女子大生
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/02/04号


シワのおじいちゃん

インドネシアのバリ島の山の方にウブという村がある。

そこから10km程移動したある村、確かバトゥアンと言ったと思う、にワタシの旅の師匠が「ガンブー」という楽器を習いに行っていた。

ガンブーというのは、尺八とアルペンホルンのあいのこみたいな楽器で、まぁ、青竹で出来たすご〜く長い尺八を想像していただければいいと思う。とはいえ、ワタシ自身も生で見たコトがないのでなんとも言えないのだが。

ガンブーは10年、100年に一度のお祭りの時にしか演奏しないそうで、観光局のおじちゃんですら今までに3回しか見たことが無いと言っていた。そして演奏出来るのは年寄りばかりだとも。

師匠が後にご厄介になっていたガンブーの奏者もすごいおじいちゃんだった。名前はシワさんと言った。ワタシは師匠がそのシワおじいちゃんの家に移る前、ちょうど弟子入りを申し込んでいる頃、遊びに行ったコトがある。

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若い頃はクタのビーチで笛を売っていたというシワおじいちゃんは、小さな縦笛をいくつも出して来て、ワタシに聞かせてくれた。

ワタシがその中の一本を借りて自分の地元のお囃子を吹くとシワおじいちゃんは対抗意識を燃やしてそこの村の伝統音楽をムキになって吹いてくれたりした。

シワおじいちゃんはやっぱりおばあちゃんの妹さんと年寄りだけの2人暮らし、すごく痩せててその名の通り皺ばっかりの顔で庭にチャボを放し、少しばかりの野良仕事をしながら暮らしていた。

シワおじいちゃんの家はガスも水道も無く、確か電気だけは通っていた様な気がするが定かではない。そんなシワおじいちゃんの家には何故か電話があった。聞くとジャワの都会に住んでいる息子さんが付けてくれたのだという。

シワおじいちゃんはワタシにしきりに電話を使えと勧めた。「日本の友達にかけてもいいんだぞ」なんて言う。その内ワタシが遠慮してると思ったのか「料金は只だから大丈夫だ。」なんてコトまで言いだした。

国際電話が只、というコトはまず無いだろう。

シワおじいちゃんが言っているのは恐らく基本料金に含まれている市内通話のコトで、それと間違えているのだと思うのだが。

そもそもシワのおじいちゃんは自分で電話をかけたことがないのではないだろうか。

だいたい、電話をかけようにもかける所がないしだろうし。

だって村にある電話は、この目の前にあるこれ1コ、これだけなのだそうだから。

多分その、村で一つだというこの電話は、今まで一度も「かける」というコトをされたコトが無く、だからシワおじいちゃんは実際にこの電話で電話をかけている所を見てみたかったんじゃないだろうか。

その内、シワおじいちゃんのお友達の別のおじいちゃんが、ひょっこりと遊びに来た。この辺では、電話をかけるよりもこうして来てしまった方が早いしそれで用も足りているのだ。

ワタシと師匠とシワおじいちゃんとシワおじいちゃんのお友達とでひとしきり笛を吹いたりした後、例の電話を囲んで4人でお茶なぞ飲んでいると、しばらくして突然、目の前の電話が鳴った。

一瞬にして凍る、空気。

次の瞬間、みな緊張した面もちで、一斉にシワおじいちゃんを振り返り、只、固唾を飲んだ。

しかし、当のシワおじいちゃんはなかなか電話を取ろうとしない。それどころか、ちょっとおろおろしてる風にも自慢そうにも見える様子で、お友達に電話を取って見ろと勧めている。

お友達のおじいちゃんもあんまり勧められるので、おっかなびっくりけたたましく訴える電話を取ってはみたが、一向にお話しの方はすすんでいない様子。

だって受話器を耳に当てたまま、なにやら微笑んでいるだけなんだもん。

その様子を見ながらワタシは、もしかしたらシワおじいちゃんは電話を取ったコトも無いんじゃないかな、と思った。

息子さんも電話を付けたには付けたがきっと緊急の時だけに使うつもりで、まだかけたことはないんじゃないだろうか。

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ワタシはそんなシワおじいちゃんが大好きだった。

そしてシワおじいちゃんが住んでいる所も。

シワおじいちゃんはワタシが喜ぶと思って日本の童謡を小さな縦笛で吹いてくれた。

笛の「つくり」が多分現地の調子にあわせてつくられているのだろう、その笛で奏でられるおじいちゃんの「おててつないで」はちょっと不思議な感じになっていた。

そのトロピカルなのにもの悲しいというなんともはやな音色を耳に、でっかい夕日を見ながら何故かワタシは涙が止まらなかった。

童謡はかつて日本兵に教わったものだろう。

日本の侵略について、独立のきっかけになったとか、高い技術を教わる事が出来て今でも大変役に立っている、とか、旅の途中で現地の人に直接、感謝のことばを受けた事も何度かあった。

しかし、侵略は侵略だ。そこで何が起こったのか、きっと沢山の忌まわしい事が起きていたのだろう。しかし、インドネシアの人は今、何も言わないでワタシにこうして笛を吹いてくれている。

この度量、この暖かさ、ワタシも身につける事が出来るのだろうか・・・

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日本に帰国してしばらくして、ワタシはシワのおじいちゃんの所へ電話をかけてみた。電話番号は確か、師匠がエアメイルで知らせてくれたものだったと思う。

当の師匠は(念願のガンブーを教わるコトが出来た上に、ガンブーを吹くお祭りも体験するコトまで出来て満足して)もう旅立ってしまってシワのおじいちゃんの所にはいないかもしれないが、

ともかくワタシは、シワのおじいちゃんのご健在(なにしろすんごいおじいちゃんだから)を確認したかったのだ。

ドキドキしながら呼び出し音を待つ。

ガチャ・・・と電話に出たのは見ず知らずの若い男の人の声だった。ワタシは片言のインドネシア語でとにかくシワおじいちゃんに代わってくれ、と一生懸命伝える。

ところが相手はニコニコと(見えている訳ではないが)笑っているだけで、たま〜に、「あ〜」とか「おぅ〜」とか言うだけで一向に要領を得ない。

こちらは国際電話の料金ばかりを気にして、尚も急いでしまう。しかし、あちらはそんな事は全くのおかまいなしで相変わらずの〜んびりと受け答えをしている。

結局シワおじいちゃんの事は何一つ判らず、そして電話に出たのはどうもシワおじいちゃんの息子さんでは無かった様だった。

きっと又シワおじいちゃんがたまたまそこにいた人に電話を取らせていたんだろう。

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旅立つ人によくワタシは言う。

「アジアでは1日1コのコトしか出来ないから」と。

日本にいると学校に行って銀行でお金を下ろして本屋によって八百屋によって文房具屋によって勉強して手紙を出して日記を書いて友達に会って・・・と1日に何個ものコトが出来るけれど、

アジアでは今日は手紙を書く、と言ったら手紙を書くだけだし、明日は手紙を出す、と言ったら手紙を出すだけなのだ。

まぁ、1日何個のコトもやってやれないコトもないが、とても疲れてしまうし、大抵は何らかのトラブルに巻き込まれてしまうコトとなる。だから1日1コのコトしか出来ないし、又それ以上出来たとしてもそのくらいで止めておくのが丁度いいのだ、と。

それは、郵便局まで歩いて10Kmもあるからかもしれないし、本人が暑さ(寒さ湿気乾燥)にばててしうまうからかもしれないし、

郵便局の人が延々と昼寝してるからかもしれないし・・・イロイロ理由はあるけれども、

一番の理由は、1日1コのコトをやって丁度良い位の時間の感覚、というかそういう時計があっちでは動いているのだ、とワタシは思うから・・・。

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ああそうだった、電話の向こうには時間の流れがまったく違う世界が広がっていたんだったっけなぁってコトと、

いつの間にか自分はもう、ずいぶんと"日本時間"に慣れて生活していたんだなぁってコトを再認識した電話だった。

その電話の後、電話の横に座り込んでアパートの部屋でなぜだかワタシは又一人で泣いてしまっていた。

目には見えるはずの無い、あのでっかいでっかい夕日が、そして耳元でシワのおじいちゃんのあの、南国音階の「おててつないで」を聞きながら。


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