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ふぁいるでーた

風をあつめて。〜旅行記編〜その02・横浜のにじ


通しNo .01002
〜なはなし
〜のはなし
旅・せかい
せかい
旅全般・旅行記「ダラ」
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/07/31号


風をあつめて。〜旅行記編〜その02・横浜のにじ

*このお話しは続き物(連載)です*
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<1991年7月30日 有楽町→大桟橋>

夏休みは七月二十八日からだったけど、問い合わせた所二十八日に出航する船は無かった。一番早い船で三十日だった。一番安い二等で良かったのだけれど、学生の夏休みシーズンで混んでいてもう今頃電話しても遅いよいっぱいだという感じの対応だった。

二等と一等は一万円も差が無かった(のに船室はゆうゆう一万円以上の差はでついてる気がする)が、一円でも切り詰めたかった私にとってはその差額は大問題だった。

けど、無いんじゃ仕方ない。私は船底奴隷船様雑魚寝の旅を諦めて仕方なく二人相部屋のエアコン付き一等洋室、七月三十日の船を予約したけど確かそれもキャンセル待ちだっと思う。

有楽町から電車に乗り、最寄りの駅から港行きのバスに乗った。

バスに乗る時、中国人とおぼしき男性がバカみたくでっかい段ボール箱を何個も何個もバスに持ち込もうとしていた。バスの運転士はそれをロコツに嫌がって規則でこんなに大きな荷物は入れられないと言っているが、

その中国人の人は委細構わず、一体何が入っているんだ、家電だろうか?第一こんなの運べるのか?!という様な想像を絶する大荷物を三つも四つもとうとうバスに押し込んでしまった。

バスのドアはそれ様に大きく作ってあり、荷物はなんとか入ったが本当にこれで人一人分の運賃では素人目に見てもダメだろ、という感じがして、ふと、「もう中国は始まってるんだな」と思った。

バスの運転士はもう一度でっかい荷物は手荷物にならない旨をダメ押しに車内アナウンスしながら走り出した。(つっても荷物は乗っちゃってるけど。)車内は私以外は全員中国の人の様だった。

港に着くと濃紺のでっかいけれどもぼってりとサエない感じのくたびれた船が停泊してて、皆さっきの人に負けず劣らずの大荷物をまるでそれぞれが夜逃げでもするか、

いや、それにしては明らかに輸出用にガッチリ梱包された電化製品とかが多すぎる、まるで一人一人がてんでんに個人営業のヤミブローカーであるかの如くともかく何でも積み込めずらかるぞ!と言った感じで押し合いへし合いタラップを登っている。

多分、税関も何もあったもんじゃない。

後に旅行仲間から「鑑真(*02)だったら(イリーガルなものでもヤバいものでも)何でも運べる」と聞いたことがあるが、本当にその通りだ。きっと検閲もへったくれもないだろう、だいたいどうやってあの荷物を一つ一つ調べると言うのだ?!多分調べちゃいないだろう。

大荷物を移動させるのに命張ってる中国人の人達を眺めながら、本当に、もう、ここは中国社会なんだなぁとなんだかわくわくする様な、関心する様な気持ちで夕方の気配は迫っているけどまだまだ十分明るい横浜の港で、船を見ていた。

私の荷物はと言えば、印度旅行(*07)に行く時に買った小さなデイバッグ一個と東急ハンズの使い捨ての白い巾着型のビニール袋一つだけだった。

しかも東急ハンズの袋の方の中身はというと、少しのお菓子と、それと一グロスのコンドームだったのだ。

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つづき:<1991年7月某日 東医(回想)>


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