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ふぁいるでーた

風をあつめて。〜旅行記編〜その06・横浜のにじ


通しNo .01006
〜なはなし
〜のはなし
旅・せかい
せかい
旅全般・旅行記「ダラ」
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/08/09号


風をあつめて。〜旅行記編〜その06・横浜のにじ

*このお話しは続き物(連載)です*
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<1991年7月30日 鑑真>

自慢する訳では無いのだが、高校を卒業してから信用組合勤務、看護婦見習いと旅立つまでの間、私は小金を貯めては車、単車、船舶、ハム、准看護士の資格を取って来た。

これは大学に進学しなかったから、その分何か勉強したいと思っていたことと、それといつか外国の野戦病院で働ける様にとの想いもあったからなのだが、

ほんとの所は自分が生きる為に、「いざ」という時、天平地位が起きた時にも生き抜いて、そして本人達には話した事はないがもしそんな「いざ」という時が来たら、私が母と妹を守る為に必要と思っていたからだった。

でも船舶やハムの講義では期待してた手旗信号とかモールス信号とかの勉強が(私が受けた級ではまだ)あまり無くてがっかりだったけど。

一通り船内の避難路を確かめ部屋に入ると同室の女の子が荷物を広げていた。米国の女の子で美人でいい子っぽかった(良かった!)。部屋は二段ベッドに白いシーツがきちんとかぶっていて、こざっぱりと小綺麗だった。

只エアコンがガンガンに効いていてその為かはたまたはめ殺しの窓の為か、狭い部屋はよりいっそう閉塞感があって私はたちまち気分が悪くなり、その女の子とちょっと話をしてとりあえずコンドームの袋だけ置いてリュックは背負ったまますぐに部屋を出てしまった。

入り口付近まで戻ってみると、丁度足の無い若い日本人の男の人(*10)が乗船して来る所で、船のドアの所がちょっと仕切りみたいになっててそれに松葉杖がつっかかってちょっと大変そうだったので声をかけて手を貸そうとした。

彼は大丈夫、有り難うと息を弾ませて乗り込んで、ちょっとそこへ座って休んだ。ぺたんこのずぼんが本当にぺたんとなった。少し話を聞いたら彼は中国は二度目で友達と来ているから大丈夫、と言っていた。勇気あるなぁ、と思うと同時になんかすごく励まされた気がして、胸がきゅうっとなる感じも少しなるくなってく気がした。

デッキに出てみると船はかなり遅れてたけどいよいよやっと出港の準備をしていて沢山の人が紙テープを投げていた。

船から岸へ、色とりどりの沢山のテープがひかれ、虹の様だ。

虹の端と端には別れを惜しむ人と人が、まるで命を繋ぐ様に繋がっている。

もし、空に浮かぶ虹の端の地面に着いている所、虹が生まれる根っこの所にたどりつけたなら、幸せになれる、という話を聞いたことがある。

成る程、虹の両端には確かに幸福が存在する様だ。

まるで映画の様に汽笛が鳴らされ、船が岸壁を離れ始める。甲板と、岸とにいる人々が口々に何かを言ったり叫んだりしている。そのさざ波はなまあったかい風とまぜこぜになって、私はその渦潮の中にひとり、ボンヤリと立っている。

虹が伸びて行く。

極彩色でつや消しの虹が、じわり、じわりと伸びて海からの風にひきちぎれてる。

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つづき:<1991年7月31日 鑑真号>


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