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ふぁいるでーた

風をあつめて。〜旅行記編〜その08・平生町の平穏


通しNo .01008
〜なはなし
〜のはなし
旅・せかい
せかい
旅全般・旅行記「ダラ」
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/08/21号


風をあつめて。〜旅行記編〜その08・平生町の平穏

*このお話しは続き物(連載)です*
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<1991年7月31日 甲板にて>

よせば良いのに風呂でよれよれになって部屋へ戻るが益々具合が悪くなっていく私を見かねて同室の彼女が酔い止めをくれた。

それはアメリカのもので個別に包装されてないすっごくキビシイ真っ青なかなりでっかい楕円形の錠剤で、飲むのに色にも大きさにもちょっとビビったが(彼女、日本にいる間中お国で買ったこの錠剤をずっと持ってたんかなぁ)とちょっと不思議な気分になりながらそれを飲み下した。

それからずっと後になって確か香港でその時のことを「旅の師匠」に話したら、それ彼女が出して来た薬か?薬は気をつけなきゃあかん(親切そうでもダマされてとりかえしのつかないことになったりする)という様なコトを言われたことがあった。

その時の私は師匠の助言に聞く耳を持たず只々彼女は真に親切にしてくれたのに疑るなんて酷い!と本当に腹が立ち呆れる思いがしたものだったが、その後旅を続けて行く内に師匠の言う事が尤もだと思う様になった。師匠の言う通り、その時はたまたま運が良く幸い彼女がまっとうな人だったから大事に至らなかったのであって、やはり自分で飲む薬類は自分自身で用意すべきなのだ。

ところが、私はその時彼女がザックから薬の瓶を出してその蓋を開けて目の覚める様な色のホントにこれ薬かよ?!ってゆーよーなゴツい錠剤をざらざらざらとあけたのを見て初めて「あ、そうか、酔い止めか!(そんなもんあったけなぁ)」と思いついたのだった。

旅の準備はしたつもりだったのに、喘息の薬も持ったのに、本当に酔い止めの事は何故か全く思いつきもしなかったし、そもそも本当に不思議なのだが自分が乗り物酔いすること自体、すっかり忘れていたのだ。

──頂いた薬を飲んで甲板で風に当たっていると少し気分が良くなった。本当に彼女に感謝だ。

やっぱり狭くて締め切りのエアコンがきいた部屋より甲板の方が気分が良い、折角の一等寝台でもったいないけどもう今夜はここで寝ようと決め込んだ。

甲板の手すりに持って来てた綿ロープを張って洗ったシャツをこれまた持参していた洗濯ばさみでとめた。シャツはバタバタバタと激しくはためき、すそのつぎはぎが目に付いた。

このシャツは当時つきあっていた恋人のもので、つぎはぎは彼の母が繕ったものだった。破いたのは私だ。

──その頃、私の母と妹は父の家を出て市内の県営住宅に住んでいて、私は母の住む県営住宅と父宅を行ったり来たり、はたまた彼氏の家に泊まったりと住所不定有職の生活をしていた。母の住む県営住宅は彼女の別居生活三カ所目の住処で、一番南側の道路に面した棟で日当たりも良く、住まいはその一階だったから南側の掃き出しの窓に向かってちょっとした庭が着いていて、彼女はそこへ花や野菜を沢山植えていた。

庭の向こうには垣根があって、垣根と垣根でお隣さんとの庭が仕切られていた。垣根はちょっと切れていてそこを出ると今度は私の臍位の高さのフェンスがあって、それは棟をぐるりと取り囲んで居た。母も妹も私も北側の玄関へはまわらず、もっぱらそのフェンスを乗り越えて南側の掃き出しの窓から出入りしていた。

というのも一度母が部屋の鍵を無くして閉め出されてしまった事があり、彼女は自分の背よりもかなり高い所にある小さな小さなトイレの押し出しの窓(ぐっと中側から押すとテコ状に上下互い違いに半分だけ開く半はめ殺しみたいな窓)から部屋に入った事があったのだ。

いかに母が元ダンス部(中身は体操部)で五十後半になっても180度開脚が出来た運動神経と身体能力の持ち主とはいえ、150cmあるか無いかの母がそこへよじ登って這い上がって身体をねじ込んで、そもそもこの押し出し窓、防犯上の理由でそんなしくみになってるのにそんな不可能とも言うべき家宅侵入、いや自宅侵入に成功したとは誠にアッパレなハナシである。私には逆立ちしたってできん、

で、さしもの母も流石にその時は非常に懲りてしまってかなり反省したらしく、今後の対策として「玄関の鍵はかけっぱなしで南側の掃き出し窓の鍵はもう閉めない」というとんでもない対処法を実行する様になってしまったのだ。

それで私達はつい、奥まった玄関へ廻るのがめんどうなのもあって常にこのフェンスを乗り越え、庭側にある鍵開けっ放しの南の掃き出し窓から出入りしていた訳で、第一そもそも私は県営住宅の鍵を持たされてなかったからここからしか出入り出来なかったからってのもあった。

ある日、彼と二人で母の家に遊びに行った時、私はいつもの様にそのフェンスを乗り越えた。と思ったら滑って前のめりに落ちてしまったんだけれどもその時着ていた彼のでっかいだぶだぶのシャツの裾がフェンスにひっかかって、私は漫画みたいにしばし宙づりになった後、シャツが破けて落ちたのである。

このシャツは綿100%で白地にごくごく巾の細い縞が入っていてとても着心地が良く、彼も随分気に入っていたのだけれどいつの間にかいつも私が着る専門になってしまっていた。

このシャツのポケットの裏側、つまり肌に触れる方へはお手製の秘密のポケットが縫いつけられていて、これは私が旅の準備として貴重品入れに縫いつけたものだがジッパーの所がちょうど胸の先に当たって痛くて困っていた所だった。
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つづき:<1991年7月31日 甲板にて(回想)>







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