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まぐまぐ・ID21973


ふぁいるでーた

ジョーダンフェリー周辺の・・・


通しNo .00021
〜なはなし
思ひ出・のすたるじあ
〜のはなし
旅・せかい
出発前の君へ・・・
せかい
香港(返還前)
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/03/18号


ジョーダンフェリー周辺の・・・

香港でワタシが住んでいた地域は、どうもちょっとガラの悪い地域だったみたいで、

例の日本語学校(の話しは『日本語学校で』にあります)で働いていた時などは、生徒さんにその区域は危ないから住んではイケナイと本気で心配されたり、

身なりの良い香港人の女性職員などは、ワタシのすみか(ヤサ?)の場所を聞くなり二度と口をきいてくれなくなったりした。

後から知ったのだが、どうもワタシが住んでいた通りは金物屋(というか道具屋)街というだけでなく、売春宿街でもあったようだ。

そういえば昔はたまに宿屋にヘンな香港人のオッサンが訊ねて来たそうだ。ワタシも一度遭遇した事があった気がする。

通りも通りなら、その宿屋の看板がかつては現地ではソレを指し示すアレな色遣いだったからだ。

でも、ワタシはその通りが大好きだった。

職場(油麻地)へも歩いて行けたし、大きな通り(佐敦道)もすぐそばだったし、

なにより道辻を一本違えると、そこは市場街でいつでも安い食材が手に入ったし。

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余談だけれど、香港の九龍側は、この佐敦道(ジョーダンストリート)と彌敦道(ネイザンストリート)の二大道を押さえとくと便利かも。

例えば、自分が泊まっている所とこの二つの道の位置関係を覚えとくとか。(ってゆーか普通は香港島側に泊まるか(^_^;)。その前にそんなに歩いて移動しないよね、普通。)

ついでに言うと、香港の道には必ず名前が付いていて、んでもってその名前は漢字の名前と英語の名前が必ずセットになっているから、

道に迷って現地の人に尋ねたりした時、今ひとつ自分の質問が伝わらない〜!って時は、紙や手の平に漢字の方の名前を書いて見せると吉です。

ボールペンは常に持つべし!

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と、横道にそれたけどワタシが住んでた所のすぐ近くにはジョーダンフェリーの船着き場があって、そこへはなんとなくよくブラブラと行った。

香港のフェリーと言えば、尖沙咀(ちむさぁちょい)のスターフェリーが有名で、

前回の『TYOの雑踏、香港の喧騒』で書いたフェリーの事も主にこのフェリーに乗る香港の人を思い出して書いたんだけれども、

そしてワタシも乗る方はもっぱらこっちのフェリーだったんだけれども、ジョーダンフェリーの乗り場には用も無いのに良く行ったな。

夜景も見られたし。(でも夜景はスターフェリーの近くに今綺麗な遊歩道が出来てて、そっちの方がすごく綺麗なのが見られます。)

なんか辛いことがあった時はよくそこへ真っ黒な海とさびれた夜景を見に行ったな。

香港島側の明かりが綺麗で、泪が出てきたり。

フェリーに積み荷を入れたり出したりしている風景を見たり、そうそう、夜中に船着場でぼーっとしてると向こうの方(香港島側)から海の上をライトがどんどん近づいて来て、自分の目の前に舟が着いたり。

この舟は香港島側で終電(と終バスと終フェリー)が無くなっちゃった人の為のもぐりの渡しで、小さな舟にねずみ色のサラリーマンが結構乗ってたりしたな。

フェリー乗り場へ行く途中の道端に夜中までやってる食べ物屋があって、そこの道に出したテーブルで何か食べてたら目の前でイキナリケンカが始まって、

今やってるCDMA1のTV CM(*1)じゃないけどもランニング姿の男の人がそこにあった店の中華包丁振り回したり・・・

でも映画やCMと違って店の主人はケンカを止めてたし、おなかの大っきなおかみさんは真っ青になったりしてたな。

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今考えるとそんな時間にブラブラと人気の無い地下道──

この地下道にはいつもおこもさんのおばあさんがコップに入れた小銭をじゃらじゃらさせたり、何か楽器を大音量で演奏してたりしたなぁ。

ドップラー現象で音が廻って目が回りそうだった。

でも、普段はサバサバしている香港人の人が、おこもさんには結構みんな小銭を入れててそれは少しびっくりだったな。

──そんな地下道を抜けたり、

不気味な真夜中の船着場を徘徊したり、そんな半裸の男が大喧嘩したりするトコで麺すすったりしてたんだから、危険極まりないよね。(真似しないでね。)

でもその頃はもう既に市場の人たちにも「変なヤップンツァイやな」と思われながらも普通の、市場に買い物に来る人扱いしてもらってたし、

大陸から来たばっかりの人なんかからは良く香港人に間違われて道聞かれたりしてたから(香港の人は絶対日本人を見分けるので間違わない。っていうか大陸の人って全世界が中国人だと思ってる様な人も中にはいるので)

まぁ仕事もしてたしそれなりに馴染んではいたんだろうけれど。

でもいくら馴染んでたとしたってうら若き乙女(当時)なんだからやっぱ危険は危険だったよね(反省^_^;)。

多分、手紙の住所からだと思うんだけど、ワタシが香港に居る時日本の友達、親兄妹、親戚縁者がワタシがかの有名な九龍城(*2)に住んでいたと信じられていたらしいんだけども、

流石のワタシも九龍城には住んではいませんでしたが、日本のうら若き乙女(しつこいが当時)にしてはかなりアレなとこ(*3レアなとこでも可か?)に住んでいた事は確かです。

まぁそんなとこがワタシの香港での活動拠点であり「世界」だった訳で、ワタシの香港という場所のイメージも思い出話しもちょっとアレな感じで、

たまーに「女の子が書いた旅のハナシ」って言うと渡辺まりなさんの様なのを想像する方がいらっしゃる様なんですが、

(ワタシは彼女の書いたものを読んだ事がないので、わかんないんですけど・・・ファンの方、ごめんなさい!)

まぁふつーの女の子が書くレポとはちょっと違っちゃってます(^_^;)。

男性でも女性でも、そもそもワタシのは「旅のハナシ」であって、「旅のガイド」ではありませんので、期待ハズレの事も多々ある様でして、どうもすみませんですm(_ _)m。

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(*1)CDMA1のTV CM
携帯電話のCM。中華包丁持った人達が大暴れ、というのがあったんです。

(*2)九龍城
正しくは「九龍城砦」

知る人ぞ知る、香港の最大にして最凶のカオス的危険地域。元の啓徳空港のすぐ側。
詳しくはこちらをご覧下さい。

(*3)アレなとこ
これ、ふつーの会話でも出て来ると思うんですが、永野のり子先生のマンガには良く出てくるんですよ(^-^)
ファンの方ごめんなさい。ちょっとソレっぽく太字にしちゃいましたm(_ _)m


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