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ふぁいるでーた

愛の傘下


通しNo .00031
〜なはなし
ホロり・じ〜ん
感想・思った事
〜のはなし
旅・せかい
家族・ひと
せかい
香港(返還前)
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/03/29号


愛の傘下

*前後編では無いのですが、先に『香港人』をお読み頂いてからこちらをお読み頂けたら嬉しいですm(_ _)m。*


どうしてそういう状況になってしまってたんだろう。

もう忘れてしまったけど、ともかくワタシは土砂降りの香港で信号待ちをしていた。

多分、台風が近づいていたんだと思う。

出かける時は小降りだったのか、それとも全く降っていなかったのか、それとも傘を持っていなかったのか、もう覚えてない。

でも、ともかくワタシは信号待ちをしてた。土砂降りの中。

それはもう酷い降りで、ワタシは服のままシャワーを浴びてる様な状態だった。

もうここまで濡れちゃえば、後どんだけ濡れようがおんなしだって感じでワタシは委細おかまいなしで立っていた。

香港の雨は決して冷たくはなかったけど、大粒の雨はあまりの勢いで痛かったし、なんだかワタシはこれでもか、これでもか、これでもか、と殴りつけてくる豪雨に、ちょっと負けそうになっていた。

その時、不意に自分の身体にぶっかかる雨が少なくなるのを感じた。

一緒に信号待ちをしていた見ず知らずのおばさんが、黙ってワタシに傘を差し掛けてくれていたのだ。

──その時のワタシはどんな顔をしてたんだろうか。

もはやそれももうよく覚えていない。

けど、振り向いて笑いかけたりはしてなかった様に思う。

その一瞬、相変わらず雨は親の敵の様に降り続いていたけれど、小さな傘の白くあわい光の下、時間が止まってた。

いや、ワタシが止めようとしていたのかもしれない。

だから、笑ったように見えた眼鏡の縁も、すぐ近くに感じる息づかいも、傾いている傘の黒い骨も、ぜんぶぜんぶ見えないフリをした。

・・・ほんのちょっと、ほんのちょっとのナニかが変わってしまうだけで、それは本当にほんのちょっとの空気の揺らぎでさえも、変化してしまったら、

何かが変わってしまう、確実に。

何かが途切れてしまう、絶対に。

だからワタシはお礼も何も言わず、振り返る事もせず、

只、ナニも出来ないでいたと思う。

ナニも気付かない振りをして、そのまま信号待ちをしてた。

でも赤信号は、時間の流れを無視し、瞬(とき)を止めるのにはあまりに長く、

(・・・どうしよう・・・)

(どうしよう、こんな横殴りの雨の中、ワタシに傘を差し出したりして・・・)

(どうしよう・・・この人だいぶ濡れちゃってるんじゃないのかなぁ)

(絶対濡れてるよなぁ・・・この雨だもんなぁ)

(・・・もうワタシはこれだけ濡れちゃってるんだから・・・いいんだよぉ)

(いいんだよぉ・・・入れてくれなくて。貴女まで濡れちゃうよぉ・・・)

(だからほんと、いーんだよーぅ・・・)

次から次へとすまない気持ちや申し訳ない気持ちや有り難い気持ちがマグマの様に爆発し、わき上がって対流し、

沢山の水蒸気が出てそれで身体がぱんぱんになって、押し戻されてぎゅぅうっと心臓で圧縮されて上の方で蒸留されて、そのしずくがじわじわと染み出て来そうになっていた。

でもこのおばさんの気持ちに報いる為には、

そうするしか無い様な気がしてて、

只、知らんぷりをつづけてた。雨の中。

------
ワタシはどんなに頑張っても「中国人」にはなれない。それはいくらワタシが「中国人」に憧れ、尊敬し、近づこうとしてもなれないし、彼等も又、それを許さないだろう。

でも、「香港人」になら、とも言えない。が、香港に住む「中国人」の人達は、ちょっとだけワタシが香港に住み、香港で生活する事を許してくれてた様に思う。

そして「香港」という土地も又、それを見て見ぬ振りを続けてくれてた。

・・・ありがとう、香港。

・・・ありがとう、香港のひとたち。

・・・ありがとう、赤い傘のおばさん。

ありがとう。

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