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ふぁいるでーた

てんし、たち。−χちゃんと、89人の天使たち−


通しNo .00037
〜なはなし
ホロり・じ〜ん
思ひ出・のすたるじあ
〜のはなし
家族・ひと
時事・しゃかい
せかい
生家・故郷じぶん世界
〜のころ
ナース卵
とき 記載しない
メルマガ配送日
 2002/04/08号


てんし、たち。−χちゃんと、89人の天使たち−

* 注 意 *
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この文章には、子どもには刺激の強い表現が含まれています。

そういう箇所はパッと見では読めないようになっています。
が、18歳未満の人は出来るだけ18歳以上になってから読んで下さい。
18歳以上でお読みになりたい方は、
以降の空白をカーソルでなぞると反転して読むことが出来ます。


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ワタシは准看護婦(*1)免許というのを持っている。

この「準看護婦」というのは、もう、かれこれ25年位前から廃止するのどうのこうのといいつつ、未だにりーがるに温存されている身分である(*2)

して、この免許は「準看護学校」というトコロで学んで取得資格を得た。

「準看護学校」というのは、基本的には中学卒業で入学(はい)れるトコロで、でも、一口に準看護学校と言っても色々あって、ここでは説明を割愛するけれど、

まぁ、ワタシが通ったトコロは、大体は高卒のコが多くて、昼の二部、二年制だった。

そいでこの学校は地元の医師会が創ったモノだから、生徒はみなその医師会の息のかかった病院に通常勤務しながらその合間をぬって(正確に言うと仕事を抜けて)授業やら実習やらをしていた。

要するに医者達が自分とこで使うナースを青田買いして働かせながら 生産 育成してた訳ですね。

中には容赦の無い病院もあって、ある病院のコなんかは、一日実習(朝の8時〜夕方5時まで指定された病院で看護の実習をすること)が入っても勤務は代わらず、準夜深夜(*3)入りっぱなし、

「もう、3日も家にかえってないよぉ〜(;▽;)」

なんてコもいた。

しかも実習の前には当たり前だけど必ず予習をして行かなければならず、その勉強の成果というか「勉強の証拠」を実習先の病院の指導者へ提出しなければならなかった。

そういう病院のコはだからその殺人的就労シフトの最中(さなか)、わずかな休憩時間や食事の時間を削って「予習」しなければならなかったのだ。(その他に、勤務時間外で病棟内でナース同士の勉強会がある子もいた)

その上どうやらあの学校は特別実習が多い学校だったらしい。県内外の評判もそうだったし、その後高等看護学校へ進んだ時もみんなから驚かれたし。

・・・つまり、ワタシの通った所はなかなかにハードな二年間を過ごすガッコだったのだ。

おまけに、ナイチンゲールの時代から続く体の良い「しきたり」で、看護学校に通うコはそれぞれの病院の持っている寮に入っていることが多く、

要するには女工哀史、

昨日までぬくぬくと?家庭に居た娘等が汚い相部屋に入れられて、朝の5時から働きながら勉強も恋愛(grow up)もするんだから、結構ハジけちゃうヤツもいる。

だいたい、看護婦なんてもともとが不規則な休みだし、昼夜逆転で夜も強くなる。友達と遊べない、彼氏とも満足に会えない、

分不相応に責任のあるハードな仕事、溜まってくるストレスと実習の予習、復習、その上授業、試験勉強・・・

そこで、TVゲームなんかに没頭できちゃったらそれはある種の幸福で、

淋しさからロストバージンと同時にウオーターサイドのバイトしちゃうヤツ、仲間のお相手を喰っちゃうヤツ、

極端にケバくなるヤツ、色々だった(*4)

でも、なかなかにしたたかにタマゴは帽子を被って行くモノだったのだ。

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χ ちゃんは、そんな準看護ガッコのある学年、ワタシを含む90人の中(うち)の一人だった。

χ ちゃんは、どっちかっていうとその「ハジケ組」に見えるくらい派手に遊んでて、でも χ ちゃんは不特定多数とヤっちゃう、ってことは無くって、

χ ちゃんの話はいつも y さん、っていうヤンキーなカレシとのラブラブな話が多かった。

只、 χ ちゃんは、ナース(正確に言うと看護婦見習)だったので、(と言うと全国のつつしまやかなナースに対して申し訳無いのだが)ハナシが結構モロで、

おまけに声がとても大きかったので、そのシモネタ話は90人が一遍に入る大きいんだか小さいんだかよくわかんない階段教室とかじゃない普通のお教室の何処にいても聞くことが出来て、

それがなんだかとても突き抜けてCOOL(アカ抜けててソーカイ)だった。

χ ちゃんは、その痩せた大きな体と、良く筋肉の動く長いカオ一杯を使って、 y さんが、デートの途中、 χ ちゃんに生理が来ちゃった途端にすごく冷たくなった話や、

χ ちゃんが生理や仕事でずっと y さんに会えなくて、ずっとずっと χ ちゃんはすごく淋しくて、

ものすごく久しぶりにやっと y さんの所へ遊びに行く事が出来た時、 χ ちゃんが、

「 y さぁあん!(;▽;)/」とドアを開けた瞬間、 y さんは χ ちゃんを見るや否や、

「 χ !!」とパンツを脱いだ話しやら、

y さんが、 χ ちゃんの腕を使っておちんちんのなめ方をていっねいーに教えてくれた話なんかを面白オカシク(デカイ声で)話してくれるのだった。

χ ちゃんは、良く授業をフケて、タバコもばかばか吸って(校内は無論禁煙)、 y さんのパシリを使って生理ナプキンを買って来させて、

デカイ声でゴーカイにシモネタを話して、ハデなカッコで、実習の白衣はよれよれで・・・

・・・当時のワタシは看護婦はみなナイチンゲールやマザーテレサたるべし、なんて思い込んで居たフシがあった訳で、

(実際はそれぞれに個性あるナースがいた方が職場はうまく行くものだし、そもそもみな同じなんてあり得ないしナースだって人間だし職業だし就労の手段だし。)

「聖職」だとか「サービス残業」だとかっていう体の良いことばに騙されて安い賃金で女中代わりにこき使われていては(*5)、結局の所、専門職としての地位向上→看護婦(士)の労働条件の向上」なんてあり得ないし、

そんな状況では職場の環境も、ひいては仕事そのもの、看護そのものの水準も上がらないし、という事は利用者(患者さん)の満足も得られないし、

でもそんな事、その頃はぜーんぜん解ってなかったし、

本人3年勤めたしんくみを辞めて「他人(ひと)様の為になる仕事がしたいっ!」なんてヤミクモにキボウに燃えちゃってる訳ですから(当人比)、

そんな破廉恥で殆どの事においてルーズでいつもヨレた実習帽かむってて長ん細い身体をくねくねさしててバカばっか言ったりやったりしてる χ ちゃんに、

ワタシはけしからん、というよりは本当に素直に疑問がわいて、

で、つい、聞いてしまってみたのだった。

「ねぇ、 χ ちゃんって、どうして看護婦になろーと思ったん???」

って。

すると、 χ ちゃんは、イキナリ制服のブラウスの胸元をばっとはだけて、

「昔、ワタシ、心臓病だったん。」

と、胸の長い縫い目を見せてくれた。

その、 χ ちゃんのしぐさはやっぱりおどけていて、べガスのくだらないショーみたいだった。

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親元を離れて、仕事もして、お給料ももらって、酒にも夜にもオトコにも強くなって来たタマゴ達は今日も夜な夜なルージュを引いて、ゴージャスな服を着て、夜遊びに繰り出す。

でも、それだけキメてても、彼女達がイマイチ、キメ切れない理由(コト)がある。

メントールの細いタバコをふかしても、その指先はそれを生かしきれない。

彼女等は、みんな爪を、一様にごくごく短く短く切っているので、そこだけ不釣合いに子どもの手の様なのだ。

そこへマニキュアなんか塗ってみようモノなら、もう、アウト。

それは、おかぁさんの鏡台をイタズラしちゃった子どもの手みたく、しごくいたいけで愛らしいモノになってしまう。

その、浮いた「子どもの手」がワタシたちのコマリモノだった。

でも、その「子どもの手」をやめないのはビジネス上の理由だけでは、無い。

きっと。

ワタシ達が、そんな準看護学校を涙涙で卒業して、もう、随分になる。

・・・ χ ちゃんは、今日もきっといたいけな手をして仕事(ナース)しているに違いない。

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(*1)准看護婦
日本では、看護婦(女性)と看護士(男性)という呼び分けを長年して来たのですが、(英語圏では男女とも"nurse")

時代の流れと共に、日本でも「ナース」という言い方が浸透して来ていました。が、「ナース」=「看護婦」という感覚がやはり強かった為か、

はたまた「准看護婦・士」も「ナース」とひとからげに呼ばれるのは嫌だという事からか、

最近になって男女共、「看護士」、又は「准看護士」と呼ぶ様になった様です。

本文では、こうした言い分けがかつてあったという記録に、敢えて准看護「婦」という言い方を改めずに掲載しました。

ちなみにワタシが入学した看護学校は、入学時には「○○准看護"婦"学校」でしたが男性の生徒も数名いました。その後改名し、卒業時には「○○准看護学校」になっていました。  (*1)へもどる


(*2)准看護士廃止
今までは人手不足の病院側(医師会)などの意向により、無くなる、無くなると言いつつ温存されていた「准看護士」の資格ですが、最近かなり本気で廃止の傾向にあるようです。

只、既存の准看護士資格者を試験して正看護婦へ意向するという案はどうやら立ち消えた様で、現在は准看護学校が次々と廃校になっています。ワタシの母校も廃校になりました。

「今あるものは仕方ない、これからは作るな」という誠に医療従事者らしい?予防策とでも言った根絶運動が展開されている訳で、

それに応じてTV等の医療事故の報道なのでは明らかに悪意というか、ことさらに「准」看護士を揶揄、強調する傾向が目立ちます。

以前は高等看護学校もまだまだ少なかったですし(ワタシの生まれ育った市にはありませんでした。ワタシは「進学コース」と呼ばれる高等看護学校へ進学しましたが、他県でした。

幸い、「准看護学校」はワタシの市にあり、ワタシはそこへ通いましたが、そこでさえ、東北や沖縄からの入学者が多数いました。)

でも医療の現場は依然人手不足な訳で、病院側は(主に高校生)の年若い人を「看護士見習い」として青田買いする訳です。

青田買いされた生徒は、准看護学校へ通いながら、病院では医師顔負けの仕事を安い賃金でしかもすさまじいハードスケジュールでやらされます。

そして准看護士資格取得後は、勤めた病院によっては本人に進学の意思があっても進学させてもらえず、「お礼奉公」と称して決まった年数はの病院での勤務を義務付けられます。

にもかかわらず、世の中が「准看護士」廃止に乗り出すや否や「もういらんわ」とばかりに病院側は准看護士の首を切る、

という事がここ数年医療の現場(特に地方都市)では沢山起きています。

そう言った事を加味して考えると、まるで「准看護士」そのものが悪であるかの様な

──丁度、「老人問題」と、まるでお年寄りそのものや、年を取る事自体を「問題」とする様な言い方と似ています──

現在の准看護士を巡る様々な報道のあり方と、厚生省のやり方にはワタシは異議があります。

現在の准看護士資格取得者には、適切な教育と試験の機会を平等に与え、医療サービス全体の向上、そして医療従事者全体の地位向上を目指すのが全うなやり方だと思うのですが。  (*2)へもどる



(*3)準夜深夜
準夜勤務、深夜勤務のこと。
日勤、当直などと同じく、勤務シフトの事です。病院によって色々違います。  (*3)へもどる



(*4)色々だった。
勿論、品行方正な学生が多数を占めていたという事は、母校の名誉の為に一言お断りしておきます。  (*4)へもどる


(*5)女中代わりにこき使われて
今でこそ看護士という仕事は看護職として認められていますが、つい最近まで、小さな医院などでは看護士は女中扱い同然でした。

ワタシが勤めていた医院でも、職員が着替えたり弁当を食べたりする小さな部屋があり、それはいかにも「女中部屋」といった体を成していました(実際には女中扱いをされた訳ではありません。まぁそのなごりと言える様なしきたりはありましたけど)。

ワタシが白衣の道を目指すきっかけとなった高校の養護の先生はゴハンが嫌いで、それは何故かというと、看護士時代に院長先生ご夫妻の「おあまり」のゴハンを蒸かし直して、

そのべちょべちょになったまずいゴハンを散々食べたからだと言います。

昔は「ご奉公」として先生宅に女中の様に働きながら資格を取るというのが当たり前だったのですね。

ワタシ自身、自分の就職の際、ある大きな病院の職員から、「個人院にとって看護婦は女中と同じなんだから大きな病院に勤めた方が良い」と言われた事がありました。

まぁそういった事がつい最近までは常識だったという事でしょう。特に田舎では。  (*5)へもどる



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