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ふぁいるでーた

ウブの夢−南国のおしし−


通しNo .00038
〜なはなし
感想・思った事
思ひ出・のすたるじあ
〜のはなし
旅・せかい
娯楽・芸術・メディア
せかい
インドネシア
〜のころ
すなふきん(前半)
とき '92 7月-'92 10月
メルマガ配送日
 2002/04/12号


ウブの夢−南国のおしし−

目を閉じるとそこに闇が広がる。

その暗闇の中からすうっと聖獣バロンの赤い顔が浮かび上がる。そうして、ワタシはあのダラダラとした東南亜細亜のムシ暑い夢の様な夢の世界の内(なか)に落ちて行く・・・

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インドネシアのバリ島のやや山間部の高原に、「ウブ」という村がある。ここは基本的に観光地だが、人々と旅行者とが上手に輪っかを作って暮らしている。

そこかしこに花が咲き乱れ、その緑は濃く、ヤシの林を抜けると青々と田んぼが広がり、人々は野良の合間に昼寝をしたり絵を描いたりガムランを打ったり神々に踊りを捧げたりしながら暮らしている。

旅行者はそんな村のいろんな楽しみをちょっぴり分けてもらっていくばくかのお金を落とす。土地の人はその金で祭りを守り、村を守る。

正に奇跡の土地、この世の別天地。旅行者の理想郷、シャングリ・ラ。(*1)

観光客が沢山来る。

でも、だからと言って人々は、観光客の服や考えをそのまま鵜呑みにしようとはしない。

観光客用の井戸にシャワーを取り付けても、自分達は裏の川でマンディー(沐浴)をし、今日もバリヒンドゥーの神々に花を、祈りを、踊りを捧げる。

この村の家庭には電話(*2)は無くてもTVはある。

いくつもの島々から成るこの国を統一する為、政府が衛星放送を普及させたからだ。

人々は神に捧げる数多の芸能と同じようにTVも好きな様だ。

しかし、人々がその小さな箱の価値観に振り回される事はあまりない。

Gパンを履き、コカコーラを飲み、若者がラップダンスを踊っている様を毎日の様にTVで視ても、

人々は話のなかなか進まないトペン(仮面劇)やワヤン(影絵芝居)、そして闘鶏が大好きなのである。ジャカルタの人達とはちがう。

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印度のヒンドゥー聖地の寺院は絶対異教徒を院内に入れない。

ワタシはここ、ウブで初めてヒンドゥー寺院に入った。

人々の信仰心は決してうすくはない。しかし、南国気質がそれを許した。バラナシ(*3)の人達とはちがう。

そんなウブの人達は朝早くから仕事をし、昼間は昼寝をしたりしながら過ごし、あおく広がる田園と、その向こうのヤシの木の間に陽が落ちて行き、

ケッコウ(お化けみたいな大きな大きなヤモリの事。ワタシが住んでいた茅葺き屋根にも一匹住み着いていて、「ヌシ」と呼んでいた。)が鳴き出し、

空の色が深く怪しくまだらになり、墨の様な闇がいよいよせまって来ると、漫ろ、歩き始める。

そろいのサロン(腰巻き状のスカート。インドネシアの正装につかう。男女共)を巻き、男も女も正装し、闇に吸い込まれる様に続くだらだらとした坂道に、あっちの辻、こっちの辻から集まり歩いて行(ゆ)く。

女しは巨大なそなえ物を頭に、男しは子どもの手を引き、又はもう一足先に寺でガムラン(*4)を奏っており。


坂道に人が  そぞろ、 ぞろぞろ、
         そぞろ、 ぞろぞろ、

ワタシの心 そぞろ、 ざわざわ、
         そぞろ、 ざわざわ、


祭りの前の空気はどの国でも同じだ。

道の屋台が歩く程にだんだんと多くなって行き、誕生日だという寺が、もう近い事を示す。

ワタシの泊まっている家のおばちゃんは、真ッ黒なカオの真ッ白な歯をムキ出しにしてツーステップをふみながら、

「バロォン、バロォン」

と言って、今日、ここから2Km弱の寺が誕生日で、バロンが出ると教えてくれた。

バロンとは、この村のおししである。

体はなんかちょっと汚な気な麻縄というか、丁度秋田のなまはげの髪の毛を長くした様なので覆われた感じの「聖獣」で、バリヒンドゥーの「善」の象徴とされ、二百十日ごとに悪霊を鎮めるために街をねぶり歩くという。

ムラの人はみんなこのバロンが大好きで、この南国のおししは、バリの人達の永遠のアイドルでありヒーローであり、ありがたーい神様なのである。

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生誕祭りの寺の前の屋台のおじちゃんは風船細工を作って売っている。

昔家に来てた越中富山の薬売りのおじちゃんは、ワタシが玄関に出て来ると持って来たゴム風船でリンゴだのコケシだのと作ってくれたものだが、

このおじちゃんもそのおじちゃんと同じ様に痩せていて、やっぱり同じ様に痩せた体から息を吐いては風船をふくらまし、風船細工を作っている。

家につれて帰って朝から晩まで晩から朝まで風船をふくらましてほしいと思う程、この南国のおじちゃんの手は素晴らしく、竹の棒にいろんな型でゴム風船をからませて行く。

ガムランの音がひびいて、早く早くとワタシをせかせる。

ワタシはフーセンを見るのを切り上げて、服装チェック

(寺に入る前には神の前に出て良い服装かどうかチェックされる。だいたい、サロンを付け、スレンダンと呼ばれる布を肩から下ろしていればOK。場合によっては裸足を義務づけられる。)

をすませ寺に入る。

寺ではガムランの団体が3ツも出て、大々的なプジャが行われ、お祭り広場では人々が、トペンやワヤン、そしてバロンの登場を待っている。

ウブの祭りは終わらない。

あの物悲しい、祭りの後のしずけさはやってこない。

なぜならば、毎日毎晩必ず何処かの寺や集会場で祭りや祭りの為の踊りや劇が、観光用のそれら、そして冠婚葬祭のそれらとが催されているからである。

未来永劫につづく祭りの数々に、人々は嫌がらずワタシ達異教徒の参加を受け入れてくれている。

お祭り広場では舞台がつくられトペンが行われていた。

観光用でないトペンは漫才の様な事もやったりする。言葉は解らないが、何をやっているのかは判る。

誕生日の祭りで湧く寺の中のに設置されたガムランの3グループのうち、1つのグループのガムランは、とてもかわいい楽しい音色を出している。

旋律も、今まで聞いたものよりもずっとコミカルな感じのするものだ。そのガムランは他のものより更に一回り小ぶりで聞いているだけでほほえんでしまうようなカワイらしい音色の物だった。

初めて、バリのガムランを聞いたときはドギモを抜かれた。音色は近しいのに、ジャワのそれとは全く違ったのだ。

それは宿屋のおじちゃんの居る団体のガムランだった。

ここへ来てすぐ、宿屋のおばちゃんからおじちゃんの出るレゴンやバリスの踊りのチケットを買って裏の寺(集会場)へ見に行った。

それは観光用の物だっが、片耳にちょこんと花を差したおじちゃんの顔も、近所のガムラングループの人の顔も、別人の様にきりりと引きしまっていた。

お金を取るところでやるガムランは、一種の緊張感があり、芸術としては最高潮の物といえるかもしれない。

反面、トペンもガムランもそうだけど、観光客用じゃないやつは、やる方も見る方も非常にリラックスしてて、嗚呼、こうしたものは芸術の前に地元の人々の娯楽なんだよなぁ・・・なんて思って、遠い昔の何かを思い出す様な甘い気持ちになる。

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お祭り広場でそろそろトペンも終わり、サル(の扮装)が出て来た。

いよいよ、聖獣バロンの出番が近いのだ。

ガムランの音色が変わり、舞台の幕が割れ、おまちかねのバロンが、その善の象徴の証であるかの様にあまたの後光(ひかり)につつまれて登場する。

赤い顔をして、全身毛むくじゃらで体には小さな丸い鏡が沢山うめ込まれている。

バロンが後光を放つのは、アセチレンランプの光がこの鏡に反射するせいだ。

バロンが出てくる踊りは「チャロナラン」が有名だが、祭りの時は、この「チャロナラン」も、その前に出てくるサルの演技もトペン同様、普段よりはコミカルに演(や)ってるみたいだった。

──祭りはまだまだ続いている。

バロンが下がった舞台の裾では、ワヤンと呼ばれる影絵をやっている。

ウブの夜は暗い。

東南亜細亜の夜は、おどろくほど暗く長いのだ。

その長い闇の間中、紙芝居の様な影絵芝居は、大人混じりの何人かの子どもの前で、ゆっくり、ゆっくりとお話が進んで行く。

ワタシはヤシの林を抜け、家守(ヌシ)の守る家へと帰る。

まだガムランの音が耳に残っている。

闇の中で目をつむると更なる闇が訪れる。ワタシはその闇に落ち込んでいく。その闇の中からバロンの赤い顔がすぅーっと浮かんで来る。

バロンは善の象徴聖なる証の光につつまれ、神々しく、登場する。

サワデ王子を悪の象徴魔女ロンダから救うべくあらわれたのだ。

──「チャロラナン」のクライマックスだ。

バロンとロンダが雨の中、すさまじい空中戦を始める。

ロンダが呪いの魔法をかけ、バロンはそれに立ち向かう。

闇が裂け、雷雲が轟き、いかづちが落ち、嵐が呼び込まれ、世界がゆがむ。

両者の戦いは終わらない。

人の心は善だけにはなりえない。

だから「悪」をこころに上手に住まわせながら生活していかなければならないのだ、とバリの人は考えている。

人の心の闇の中、バロンとロンダの戦いは終わらない。永遠に。

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1つのガムランの演奏の終わりをつげるゴングがなる。

その重い響きを耳の中で聞くと、ワタシはいつでもあのでっかい東南アジアの夕日を思い出すことが出来る。

「ゴング」とは「ゴング・グヒャール」と言って、曲の初めと終わりに必ず打たれる大きな大きなガムランの事だ。

このガムランには神が宿るとされている。

人間は一般に夜目が利かない。

昔の人間(ひと)の「一日」とは、日の出から日没までであったはずだ。

ゴングの音は、ワタシにそんな原始的な「終わり」の感覚を思い出させるのかもしれない。

──やがて闇がおとずれる。

ここの夜は、おそろしく暗い。ここでは、まだ夜は夜として存在しているのだ。

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(*1)「ウブ」という村は人々と旅行者とが上手に輪っかを作って暮らしている。

ワタシが旅した時は1991年−1992年だったが、その時も観光客は多かったが土地はまだまだ素朴だった。

しかし翌年以降、この地を訪れた旅行者仲間の話によると、随分と観光地観光地した場所になってしまったらしいです。  (*1)へもどる

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(*2)この村の家庭には電話は無くてもTVはある。

ウブの目抜き通りに、観光客用にFAXを置いてた店があった様に思う。電話は当時村でここだけだった。

ウブではないけど、バトゥアン村という所での電話のエピソードはこちら→『シワのおじいちゃん』  (*2)へもどる

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(*3)バラナシ(VARANASI)

印度のヒンドゥーの聖地のひとつ。ガンガー・ジー(ガンジス川)で有名。英語名はBENARS。日本では「ベナレス」の名で知られる。  (*3)へもどる

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(*4)ガムラン
青銅製の楽器(竹製もある)。バリの音楽は全てバリ・ヒンドゥーの神々に捧げられるものだから、本当は楽器と言ってはいけないのかもしれないけど。

ガムランの事は『ウブの人達〜前編〜』『ウブの人達〜後編〜』にも。  (*4)へもどる
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