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ふぁいるでーた

拝啓、漱石先生


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 2002/04/19号


拝啓、漱石先生

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<メールマガジンの通信欄より抜粋>
(略)

今回はつぶやきです。独り言です。いつにもまして、自分以外の人の目に触れるに値しない文章です。ですからせめてHP掲載はやめようと思ったのですが、

冷静に考えてみたら各種メールマガジンのHPにてバックナンバーが公開されているので同じ事か、と思って腹をくくる事にしました。

今までさんざん稚拙な文章を送り続けておいて今更ですが今回は特に申し訳ない気持ちで一杯です。すみません。

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拝啓、漱石先生(*1)

なんだか最近気持ちがささくれてしまって色々考えたりするのがしんどいです。ぽつりぽつりと漱石先生の本など読んでいます。

漱石先生はワタシの気持ちを知っている。

ワタシが漱石先生の気持ちを知っているかはわからない。

漱石先生は青年の心を持っている。

よく、「少年の心を忘れたくない」なんていい年こいた男が言っているけれど、それは小汚い大人の欺瞞か、無責任な若者をうらやんで迎合しようとしているだけだろう。もしくはモテたいと思っているのか。

本当に少年の気持ちを持っているのなら、早く大人になりたいと思う筈だ。

早く早くと蒲団の中で急いてる筈だ。

漱石先生は急いてない。しかしまっすぐに進もうとしている。

しかし人の世は直線には進めない。胃に穴を開けながら、螺旋階段を、行ったり来たり、行ったり来たり、日陰あり日向あり、前進後退前進後退を繰り返しつつ(*2)高みに向かってたまに寝込んだりしながら歩を進めている。

漱石先生に出会ったのは小学校の時でした。

母が確か、「心」か"猫"(*3)かなにか買ってくれたのです。

ワタシは貴男の虜になりました。でも何故か読み通せない本もありました。「三四郎」と「坊ちゃん」でした。

特に好きなのは「心」でした。「心」を初めて読んでから何年もたった日、何か何日も思考を巡らせている時、夜中の闇の中でふと、「心」という単語がワタシの内(なか(*4))に結論として浮かんだ事がありました。

と同時に貴男の「心」が鮮明に蘇り、貴男があの書き物に「心」とつけたのがわかった様な気がしました。

それからしばらくして、貴男からずっと離れていました。

貴男に限らず、全ての本、全ての映画、全ての音楽、全ての「物」ではワタシの気持ちをなんとかできなかったのです。

それは長い間つづきました。

そうか、自分の血清は自分でつくるしかないのか、と思いました。それから本も映画も音楽も只の娯楽になりました。

その期間中、時にワタシを元気づけてくれたのは、誰かの生き方とその人そのもの、つまりにんげんだけでした。千のことばより、万の教えより、ひたむきに生きている人の姿にencourageされました。

そして又沢山の時間が経って今、再び貴男の書いたものに教わり、癒され、贖われています。

ワタシが貴男の文章に「道」を見いだせなくなっていたのは、ワタシのにんげんが未熟だったからなのですね。自分、いい気になってナマ言ってました。ごめんなさい。

貴男はワタシの心を知っている。

でもきっと、ワタシは貴男の心を計り知る事は出来ないのでしょう。

時に酷いかんしゃく(*5)おこし、神経衰弱に悩まされたりしつつも、あなたが内蔵をさらけ出し(*6)、無様に(*7)さいごまで生き、もがき苦しんで死んだ(*8)のなら、

ワタシの内蔵がなんぼのもんでしょう。ワタシの生き恥がどれほどのもんでしょう。捨て鉢な生き方は己が可愛いの裏返しでした。本当に己を捨てるということとは違っていました。

正直に生きたいと思っていました。ずっと思っていました。それだけは譲れないと思っていました。でもそうできたかどうかわかりません。

むしろ自分は自分を欺いていました。

捨て身で生きる、それは捨て鉢とは違うのだとなんとなし、近頃になってやっと、わかって来た様な気がします。

貴男のくるしみを思うと、自分のくるしみは小さいと感じます。貴男のくるしみと同等のくるしみをワタシは死ぬまでに感じられるでしょうか。

くるしみをより深く感じたいなどと願う程、今の自分は楽に生きています。それは一重に自分のまわりの人達のお陰です。

自分はその人たちの手で育って来たのだから、よくよく考えてみたら、今更自分には隠し立てする道理も無いのです。

既に自分は公の存在であり、恥も外聞も無く、今までと同様、無様なままに生きればそれでよいのです。

ごまかしたって、ごまかし切れる筈はないのです。

過去にごまかしたことについて、常々死ぬまでにはなんとか落とし前をつけたいと、つけてから死にたいと思っています。

それで、ワタシは今日も書くのです。

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(*1)拝啓、漱石先生

真心ブラザーズの「拝啓、ジョン・レノン」のもじり。  (*1)へもどる

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(*2)日陰あり日向あり、前進後退前進後退を繰り返しつつ

「婚姻生活は螺旋階段だ。上っている間には日陰の所もあるし日向の所もある」というのは、自分の民法の先生、家長登氏の授業中での名言であります。

・・・彼自身はその事をずっと公にしてませんでしたのでワタシがここでこうして明かしてしまうのもはばかられるのですが、恐らく皆さん「あれ?」っとお思いになると思うし、

無責任な噂の火元などになってしまうと尚更申し訳ないので書き添えますと、お父様は家長裁判の歴史学者、家永三郎氏であります。

「前進の為の後退」は社会学の先生、森重雄先生が教えて下さったもので、「大きな螺旋状の道を歩いている途中では、まるで道を後退している様に感じる事があるが、実は少しづつだが前進しているのだ」

と教えて下さったのですが、確かこれは誰か昔のえらーい人のことばだと言っていた様に思います。誰のことばか忘れてしまったので、どなたかご存じの方はご一報下さいm(_ _)m。  (*2)へもどる

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(*3)"猫"

夏目漱石著「我が輩は猫である」のこと。  (*3)へもどる

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(*4)ワタシの内(なか)

夏目漱石著「硝子戸の中」の漱石の原稿が、「硝子戸の内」の「内」に「なか」というルビが打ってあったということから、それにあやかって。  (*4)へもどる

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(*5)かんしゃく

漱石の妻、夏目鏡子著書「漱石の思ひ出」や漱石の息子、夏目夏目伸六著「父・夏目漱石」などから。  (*5)へもどる

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(*6)内蔵をさらけ出し

夏目漱石著「草枕」,新潮文庫,昭和57年,32ページ、

“詩人とは自分の死骸を、自分で分解して、その病状を天下に発表する義務を有している。”という文章から自分が勝手に想像し、漱石の生き方と重ね合わせて考えた推測です。  (*6)へもどる

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(*7)無様にさいごまで生き

これもワタシの推測。

「死を生よりも楽で美しく尊い」と思いながらも現実の漱石は大飯をかっくらい、胃痛に悩まされつつも人間らしく否が応でも生きていた。

そうした彼を思うとき、「無様に生きている」というのが妥当の様な気がするので。  (*7)へもどる

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(*8)もがき苦しんで死んだ

晩年の漱石は、仏教に興味を持つなど、己の死というものをかなり意識的に受け止めようと努力していた姿が伺われる。

しかしながら死ぬ間際は胸をはだけ「死ぬといけないからここへ水をかけてくれ」と言ったそうである。

今資料が手元にないので不確かな事を書いて大変申し訳ないのですが、確かこれも夏目伸六著「父・夏目漱石」にそうした記述があった様に思いました。  (*8)へもどる


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