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まぐまぐ・ID21973


ふぁいるでーた

ひだりての記憶


通しNo .00052
〜なはなし
ひび・よしなし事
〜のはなし
喰いもの・せいかつ
せかい
生家・故郷じぶん世界
〜のころ
信組職員1
すごく最近
とき 記載しない
メルマガ配送日
 2002/05/16号


ひだりての記憶

いよいよ指の腱鞘炎が酷くなって来た。

別件で通っているリハビリ(免許は柔道整復士)の先生にちょっと見てもらったら、コレは腱鞘炎じゃなくってナントカカントカ変形だって言われた。固定が必要だって。

つまり、この痛みは指がひん曲がって行く途中の痛みなのだとか。

ナルホド、ワタシの身体が変わってゆく時の痛みなのか。人間ってスゴいなぁ。

指もさることながら、古傷の右手首の関節も痛いので今日(2002年5月13日)は箸は左手だ。

ワタシは右利きだけど左手を普通の右利きの人よりよく使うかもしれない。ドアを開ける時、瓶のキャップを閉める時、蛇口をひねる時・・・

確か高校出て信組に勤めてる時だったと思う、ナンか魔が差して処方の薬をまるまる一週間分まとめて飲んで、ラリラリの所を海に入ろうとしたのだが(絶対マネしちゃダメよ)、水際につくまでにひっくり返ってしまって病院に担ぎ込まれた事がある。

その病院で、ワタシは点滴が漏れたままで右手首をぎゅうぎゅうに縛られて寝かされてて、それでそれからしばらくナニか麻痺したのか右手が動かなくなってしまった。

(あれから、ワタシの手首はたまにしくしくと嫌な痛みを訴える。こーゆーのを若気の至りの代償ってゆーんだろーか。)

そんな海辺オマヌケ事件の後、出勤した時はまだ右手の麻痺が残ってて痛みも相当あって、しかたがないから電卓も端末のオペーションも箸も全て左手で、した。でも右効きのハズなのに、文字以外は意外と不自由なくこなせた。

母に聞いてみたら小さな頃、ワタシは両効きだったと言う。祖母はお習字で知事賞なんか取ってて普段はやればなんでも右手で出来るけど根っからのぎっちょだからその血なのかもしれない。尤も赤ちゃんの八割は両効きだっていうから血とか関係ないのかもしれないけど。

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その日は、どうしてそうなったのか忘れちゃったけど、ワタシ達のいつもの食堂&弁当のランチタイムじゃなくってみんな営業店(信組の本店営業部、つまりお店の事)の奥の客用ソファで交代々々に何かてんやものを食べていた。

割り箸とでっかい丼が食べにくくて、でもぎくしゃくするのは恥ずかしいから努めて自然に左手で箸を持って食べていた。でもやっぱり思う通りに行かない。

うーん、と思ってぢっと左手を見ていたら、ワタシはある事に気付いた。

働いていないのは、左手では無い、右手の方なのだ。

普段右効きの人が右手で箸を持つとき、左手でお椀を持つ。そしてその左手は、無意識に右手の動きに会わせてお椀をかしげたり押しつけたり、地味で地道な作業を繰り返してたのだ。

右手にはその左手の様なサポート能力が無い、でくの坊の様に、只漫然と丼を持っているだけだ。

左手で上手く箸が使えないのは左手のせいじゃなくって、右手がぶきっちょなせいだったのか・・・営業店の片隅で、ワタシは小さな発見をした。

左手がお椀を動かせるのは、教育のたまものだろう。右手は、お椀の動きを習ってない。そう考えると文字を書くのは右手だけっていうのもうなずける。ワタシは幼稚園の時からお習字を習っていて、文字は最初から右手だけで習っているのだ。

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今日、晩ご飯のおわりにいちごを食べた。

厄介ないちごのへた取りをしている手をふと見ると、当たり前の様に左手が緑のぎざぎざを取っている。

この動きは、しつけ糸で「教育」される前の、もっと土に近い、赤ちゃんとか原人とかの頃の記憶なのかもしれないなぁ・・・と思った。


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