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ふぁいるでーた

魅惑の果実。


通しNo .00053
〜なはなし
どたばた・とほほ
思ひ出・のすたるじあ
〜のはなし
旅・せかい
喰いもの・せいかつ
せかい
インドネシア
印度
ケニアと各国立公園
生家・故郷じぶん世界
日本の各地
場所指定無しその他
〜のころ
すなふきん(前半)
るんぺん
とき '89 2月-3月
'91 3月-4月
'92 7月-'92 10月
記載しない
メルマガ配送日
 2002/05/17号


魅惑の果実。

*このお話しは以前「嗚呼、魅惑のどぅ〜りあん♪」という題名で掲載されていたモノを書き直しています。
*又『トラジャン〜死ぬために生きる人々〜』のその後のお話しでもあります。

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みなさま、ドゥリアンってご存じでしょうか?果物の王様と誉れ高い、アレです。ちなみに女王様はマンゴスチンだそうですが、ワタシは絶対!ランブータンをおすすめしちゃいます。旅行中はよくキロで買ってむさぼり喰ってました。

たまに市場のおばちゃんがハカリをごまかす事がありますが(それがシャクな方は是非バネ計りを持ち歩いて下さい。コレ、中国の旅では重宝しますから一個持っといても損はしないでしょう)、まぁ2キロくらい買ってもワタシはあっという間に食してしまいます・・・

アツい東南アジアの旅では水分と糖分がいっぺんに、しかも美味しく摂れてバッチリっす。確か宮崎市定先生の「菩薩(むする)蛮記」(*1)かなんかにハミクワ(だったと思う)の話が載ってたと思うのですが、

その土地々々には不思議とその土地の気候で人間が生きるのに助けになる様な果物があるものです。って、のっけから横道にそれちゃいました。今日はドゥリアン。

ワタシの旅の師匠のおじいさまのお話だと、(戦争中)「ジャングルにクソのニオイのする美味い食いもんがある」と語り継がれた通り、まぁ、そういった果物です(^_^;)。

カタチはその名の通り(「ドゥリ」はトゲって意味だそうです)、トゲトゲのまるい棍棒みたいな黄色い果物で、ニオイはワタシはクソ・・・っていうよりも腐ったタマネギのキョ〜レツなヤツ・・・って感じがしました。

味は・・・飢え死に寸前の戦時中のジャングルで、仲間が美味い美味いとむさぼり喰っているのにも関わらず、その食べ物をついに口に入れられなかった兵隊さんもいたといいますから・・・ワタシが食べられなかったのも無理ないでしょう(^_^;)。

でも、好きな人に言わせると、その果物はそれはそれは美味しいそうで・・・なにしろ「王様」と言われる位ですから・・・インドネシアなどではこのドゥリアン、畑に24時間の看守を付けている位だそうです。

もちろん、お値段も他の果物と比べてちょっとというかかなりお高目。東南アジアの旅では、よく道端にある葡萄の直販みたいなとこで売ってるドゥリアンを、まっ昼間にその場で背中をまるめてむさぼり喰ってるオトーサンをしばしば見かけましたが、

あれは日本で言うと家族には接待とウソついて同僚とこっそりパンしゃぶ行ってるよーな後ろめたい喜びがあるよーに見えます。多分家族には内緒なんじゃないかなー?

ま、今回は、そんな人々のココロをわし掴みにする南国のフルーツ、ドゥリアンにまつわる思い出話しです(^-^)/

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・・・葬式(『トラジャン〜死ぬために生きる人々〜』参照)が終わって山を下りたワタシはランテパオという村(町)の「ロスメン」と呼ばれる安宿にいた。

名前は「モニカ」。

そこは家族がやっているとてもアットホームな宿屋さんだ。(と言っても部屋代は足元を見られ、狭いのに2人で8,100Rsと言われ、やっとこさっとこ7,000Rsに値切ったのたが。)

その「モニカ」に足を捻挫したワタシが一人で寝ていると、そこの子ども達(姉妹)が部屋にドゥリアンを持って来てくれた。

きっとさっきワタシが共同マンディー(マンディー:「カマル・マーンディ」トイレ兼お風呂。ワタシの調べではタイ以南の人はトイレが水式になる。水槽に水がたまっていてトイレの後とお風呂変わりの水浴びに使う。)から自分の部屋に帰る時、姉妹がドゥリアンを持って帰って来たのを偶然を見てしまったので、お裾分けに来てくれたのだろう。

留守にお隣の人にクール宅急便預かってもらって、しかたが無いので二匹しか無い伊勢エビを一匹お裾分けに来たって感じ?

ありゃりゃりゃりゃ・・・

つい二日程前にもワタシは、師匠が買って来たアレと格闘して食べられなかったばかりである。(ちなみに師匠は「コレはスカだ」などといいつつ2個もたいらげていた。)その時はそのあまりのニオイのすごさに、悪いけどマ〜ンディーで食べて欲しいと思った位だ。

しかし、姉妹はキラキラした瞳でワタシがドゥリアンを美味い美味いと食べるのを期待している。ワタシはそれに応えて満面の笑みを浮かべ、でも決死の覚悟でドゥリアンを口に運ぶ・・・のだが、やっぱりどうしても、どう〜っしても口に入れられない。

頭をフル回転して、ワタシは「せっかくのドゥリアンだからすぐ食べてしまうのはもったいないのであとでゆっくり味わわせて頂くね」という言い訳を(通じたかどうかわからないが)して、ドゥリアンをベッドの下に隠した。

ふぅ。

以前、ワタシは偏食ゆえに安上がりで奢りがいの無いヤツだというコトを以前ここに書いたのだけど、旅先でも同じ様なコトはいくらでもあるのだった。

香港の人に飲茶を奢ってもらって、鶏の足の煮物をすすめられた時とか、『トラジャン〜死ぬために生きる人々〜』の時書いたお葬式で豚や牛の竹づつ蒸しを頂いた時とか、ほんっと有り難いんだけれど食べられない(;▽;)・・・っていうのが。

そもそもワタシは飯(発音似ててびっくりなんですが、インドネシアでは「ナシ」と言います。炊いたご飯は立派な料理の一つなんです)とか麺とかともかく炭水化物がありゃ幸せな人なんで、おまんまさえ喰えりゃあ本人一向困らんのですが(流石に飯が喰えないと弱る。旧ユーゴの難民キャンプへボランティア行った時とか自炊できなかったので心身共に弱りました。)、

こういう時は本当に自分の旅人としての格の低さを思い知る様でガックリしちゃいます。(でもなるたけ苦手でも食べられるモノは食べてるよー、でもどーしてもダメなもんもあるんだよー。)

しかもワタシの好きなもんってば万国共通で「そんなツマんないもん喰ってないでほら、これ食べんしゃい、遠慮せんでー」(何弁?)って思わせてしまうらしくってですね、しかも先方は「旅人をもてなしてやろう」と思ってくれてるワケでして、そうなるとおとっときのご馳走だったり普段はあまり食べない動物性蛋白質(つまり肉)だったりするワケっす。はぁ、申しワケ無いコトです・・・すんません。

申し訳ないのもそうなんですが、例えば相手がものすごい頭に血の上りやすい民族の酋長か何かで、契を交わす為になんか喰わなきゃなんないとか、そーゆー場面にでっくわしたらそん時はどーすんだろ、とか考えるんすが、あーでも喰ったその場で吐き戻したりしたらやっぱそっちの方がヤバいんでしょうか?あー、ごめんなさい。どっちにしろダメっす、ワシ。

幸い、その子達とはその後折り紙をしたりインドネシアの歌を教えてもらったり学校の話しを聞いたりお友達を紹介されたり・・・と、とても仲良くなれたからよかったのだが、その為か、又はインドネシアの人の相互扶助の気持ちからか、彼女達は又ワタシに食べ物を持って来てくれたのだ。

それは「グズ」という家庭料理らしかった。きっと師匠も外出しているし、ワタシは動けないしで気の毒に思ってくれたんだと思う。

「グズ」は、魚、山菜、トマト、しいたけ、青唐辛子などをものすごく細かく砕いたモノが入っているスープに、片栗粉のかたまりが入っているモノで、これも名前似ててびっくりなんだけど、ちょうど葛のチリスープといった感じ。

・・・実はワタシは辛いモノも大の苦手なんでアリマス。印度に行った時もチャパティ(精製してない小麦で作ったパンの様なもの)とダヒ(ヨーグルト)とラッシー(飲むヨーグルト)で過ごした程。

その「グズ」を一口、口に入れたらもう髪の毛が逆立つ程辛い。絶対喰べられん!思いましたが、例のドゥリアンのこともあるし、今日ここで食べられなければもぉダメだぁ!と思ったワタシはその料理をイッキにゴクゴクと・・・

ミゴトに(?!)飲み干し「TERIMAKASI(どうもありがとう)」と姉妹に微笑みました。しかしその実そのあまりの辛さで耳の鼓膜が破れるかと思いました。はい。

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虫だろーがなんだろーが現地のモノを何でも美味しく食べられる旅の強者の人達と、グルーミングしながら動物の蚤を食べてしまうムツゴロウさんには、本当敬服してしまいます。

実はワタシも動物好きで10年越しの想いでケニア行ったりしたんすけど、いくらワシが旅と動物が好きでもその方たちと比べたらぜんぜんダメっす。足元にも及びません。ボン位はなんとかなりそーですが(*2)、喘息なんでそれもままなりません。

でも旅先だからって急にお近づきになる人が変わる訳ないんすよね。考えてみたら。

ワタシはナゼか子どもと仲良くなることが一番多いっす(*3)。国内外を問わず。

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(*1)宮崎市定先生の「菩薩(むする)蛮記」
「宮崎市定全集20 菩薩蛮記」:[編纂委員]佐伯 富,島田 虔次,岩見 宏,礪波 護:岩波書店
*ワタシはインドネシアの本屋でこの「菩薩蛮記」を「西アジアの歴史」という名前で文庫に編集し直したのを読んだのですが、帰国後この文庫はついに見つかりませんでした。マボロシの文庫本?ご存じの方はご一報下さいm(_ _)m。  (*1)へもどる
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(*2)ボン位はなんとかなりそー
ワタシが出会った「旅の強者」の人の中でこのボンで少数部落の酋長さんと意気投合、すげー仲良くなった話とかして下さった方がいます。(『バイクとメディテイション・リング』参照)  (*2)へもどる

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(*3)国内外を問わず子どもと仲良くなる
ご近所に住む兄弟君達に「ちはるちゃんち遊び行っていーい?」と言われて「ん、いーよ」と言ったら彼等はウチに上がり込むなり「ちはるちゃん、おもちゃ見してよー」「早く出してー」「ちはるちゃんのおもちゃであそぼーよー」「早く早くー」「ここ?」とか言って押し入れ開けられたりします。

見ず知らずの子にもよく声をかけられます。国内の話では『ふふふな日』など。  (*3)へもどる



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