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ふぁいるでーた

バラナシのみどりさんと新しい世代


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 2002/07/01号


バラナシのみどりさんと新しい世代

*このお話は先に『長期旅行者のかてごりー』をご覧になってからの方が余計に楽しめると思われますm(_ _)m。
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先日、現役の「学生さん」に会って色々旅のハナシを聞いた。

その時、ひょんな事から「バラナシのみどりさん」のハナシになった。

「バラナシのみどりさん」とは、ワタシ等かつての長期旅行者の間にまことしやかに流れていた旅のよた話というか、まぁ無責任な噂話だ。

しんどい長期旅行の間には、そんなたわいもない作り話ともほんとのハナシとも取れる様な取れない様な噂話に夢を見たりる輩も沢山いる。

そんなハナシ、まだ流れてんのかいなと思って懐かしく思っていると、なんと彼女、そのハナシは本で読んだのだと言う。はぁ、時代は変わったもんだ。

関心しつつシリアの写真を見せてもらう。するとなんと!写真の中にたたずむ彼女はノースリーブだ。「石投げらんなかった?」と聞くと大丈夫だったという。驚異だ。

シリア=中東=モスリムの国=女性は目以外の部位は恥部=たとえ旅行者と言えども女性は長袖長ズボンは必須、所によってはチャドル着用

というのはもう過去の事なのか?!ワタシはかつて自分を含めた女二人、男一人の三人で、半袖半ズボンでパキスタンの郊外を闊歩して(その時は宗教の事とかよく判ってなかった)大群衆にもみくちゃにされ、一緒に歩いてた女の子とワタシはお尻をつかまれ、男の子は石を投げられた事がある。

はぁ、時代は変わったもんだ。

おまけに彼女の写真、紙(印画紙)だけじゃないんだよ。デジカメなんだよー!

ワタシは前も書いたけど長期旅行の時の写真がぜんぜん無い。

アフリカ旅行の時、流行の途中でファインダー越しに景色見てるのがもったいなくなった、という経験(関連:『旅の記録と旅行記と』)と、印度でカメラを取られて借り物のカメラは弁償するわ結局旅行保険は下りないは印度の写真は一枚も無いわで、

いっそのこと(写真機は)持たない、という主義の頃(現在は持って行きます)だったからだ。

それにしてもデジカメ。うへー、がさばんねー。

以前『旅の、どうぐ。〜あって便利な七つ道具〜』でちょっとしたフィルムを持ち歩くコツみたいなのを書いたんですが、いやーそんなのほんと、もぉ役立ちませんな。たはは。時代は変わりました。

先のシリアの彼女と話してて、ワタシはなんか本当に一世代順繰ったんだなぁと、彼女のこと、抗生物質じゃないけど「第三世代」って感じがした。

もぉ、ワタシごときがちまちまと伝える事など何もないのかもなぁと(もともと大した情報もないんだけどもさ)別にいじけるでもなくそう思った。

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ワタシ等が旅してた頃って、ほんと丁度過渡期にあったんだなぁと今更ながらに痛感。

ワタシは多分、「1ドル360円世代」のヒトタチと、最初から小さなパスポートだったヒトタチ(「第三世代」)との間の旅行者だったんだろうと思う。

ワタシが最初に取った旅券は勿論大きいサイズで渡航先の欄に「This passport is valid for all countries and areas except North Korea(Democratic People's Repuvlic of Korea).」と印刷してある。つまり、北朝鮮へは行けなかった訳だ。

そして二冊目のには「「This passport is valid for 」までが印刷で、その後のスペースに「all countries and areas.」というハンコが押してある。北朝鮮へは行ける様になったけれどもまだいつクローズするか解らない状態だったんだろう、その揺れ動く世界情勢の様子がこの黒いハンコに如実に現れている様な気がする。

当時、長期旅行者の間ではこの北朝鮮に行けるという事、つまり全世界を旅する事が可能になった事、そしてパスポートが変わること、具体的に言ったら旅券がバーコードで処理される事が大きな話題であった。

旅行者と国境は常に戦って来た。ビザやパーミッション、マルチステイ、シングルステイ、オーバーステイ、密入国・・・

行ってみたい触れてみたいその地に足を踏み入れてそこの空気を吸ってみたい・・・その熱い想いで旅行者は今まで様々なテクを駆使して時には自動小銃をつきつけられながら、時にはその地域に住み着き、完全に中国人になりすましてから不可能と呼ばれたエリアを訪れ、旅して来た。

そうした難しい国境を攻略するのも一つの旅の醍醐味であったのも事実だが、やはり「国境」は旅行者にとっては「障害」だったのだ。それがフリーになると言う、どこの国へも行けるという、これは旅行者にとって大きな喜びを感じさせるものだった。

しかし一方で旅券が全てバーコード処理される、自分のIDが、自分の旅が完全に管理される、この事は「all countries and areas.」の喜びを大きく上回る漠然とした不満と不安、そして閉塞感でいっぱいになる予感がしていた。

「自由の空気を感じる」のでは無い、真に自由を求め、その代償も甘んじて受け止め、大げさでなく命を張って自分で自分に全責任を持って旅して来た者達にとって、その「管理」のしくみには、大きな抵抗を感じていた。

そして世の中は、「全部行ける」の小型旅券になってから足早に流れ、香港・澳門が返還し、あれだけ入国困難だったティベットへもイランへも結構自由に行ける様になり、インターネットが普及して辺境の情報もじゃんじゃん入って来る様になった。

94年の法改正後、エアラインは旅行会社まかせのチケット売買を改め独自のディスカウントを始め、近頃では(格安航空券と)ペックス料金との差も無くなって来た。

ワタシが次に取った旅券は掌に隠れそうな程小さく、長期旅行者の間で目立つと不評だった日の丸色の朱(あか)をやめ、落ち着いた紅色(あか)で(5年用は紺)

渡航先の欄には「This passport is valid for all countries and areas」ときちんと印刷されており、その後ろに続けて「unless otherwise endorsed.」とご丁寧に書き加えている。

そして当たり前の様に顔写真の下には自分の身分や履歴をキカイ処理する記号がべったりと埋め込まれていた。あんなに、驚異に思っていたバーコードが為す術もなく、否応なく本当に何気に当たり前然とくっついていて、

イミグレのヒトはそれを当たり前の様にキカイに通して合理的に出入国の処理をしている。まったく、ほんと、時代は変わったのだ。

ワタシが出会った頃に旅してて、そして今でも旅している友達がこんな事を言っていた。

「ちはる。ちゃん達と出会った頃、あの頃が一番楽しかったヨ。国境もさ、入れそうで入れないとかさ、そういうのが良かったんだよね。楽しかったよ、あの頃が一番。つまんないよ、今はホント。」

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この15年でかつての「旅の玄関」は香港からバンコクへその機能を完全に移した感があり、香港にもバンコクにも新しい風が吹いている。

地盤沈下との戦いで「ほんま、できあがるんやろか」と口々に悪口を言われ続けて来た香港の新空港が本当に出来、今、その空港は色々な「オタク」と呼ばれる人達が随分利用しているらしい。

ワタシの友達でも、およそ安保世代の世界放浪とは結びつかない様なセンの細い電気オタクのコが「買い物」をしに香港へ足繁く通っている。

一方、バンコクでは、日本のコギャルが渋谷の出で立ちまんま、ルーズに上げ底履いて遊んでるのだそうだ。ベトナムへ若い女性が雑貨の買い付けに行ったり、何度も言ってババ臭いけどほんと、時代は変わったのだ。

シリアの彼女の話を聞いていると、無目的にとりあえず行っとかないとカッコつかないから行っとくか、って感じで海外に行く「学生さん」が多くて、彼等は常に「グループでかたまってる」らしい。

無目的に海外にいるヒトは何も現在の「学生さん」に限らず、昔から得に日本人には多かったし、現在の「学生さん」がみんながみんなそうだとは限らないんだろうけど、ワタシも何年か前香港の日本人宿屋で嫌な思いをした事がある。

そこの宿屋はヘンなつくりなっていて、シャワールームがカーテン一つで通路に面しているのである。その通路は階段から続く外の通路である。

その時ワタシは海外初めてのおまけに生理中の従姉妹のコをつれていて、彼女がシャワーを使う間、防犯とナプキンやらの荷物持ちにシャワールームの前にいた。

すると男の子の「学生さん」がやってきたので、どうぞ(^-^)/と笑顔で通路を譲った。シャワールームの前にトイレの個室があったからだ。するとその男の子は笑って部屋へ引き返してしまった。

その後、ワタシはその宿屋の服務員(管理人兼件ハウスキーパー)に「トイレを使わせない様に見張ってるんだって!」とオコられた。

おいおい、文句があるなら直接言えよ!ワタシには笑って何も言わなかった癖に服務員に告げ口かい!しかも何でワシがトイレを使わせない用に頑張ってなきゃならんのかい!それに何のお得が?!訳わかんねー。怒る管理人も管理人だが、それにしたって彼等に腹が立った。

学生さん」達は数人で来ていて、彼等同士で徒党を組んで服務員にナンかよくわかんない苦情を言いに行ったのだ。

こういうのは覚えがある。

ナースをしてた時、高校生くらいの男の子ちゃんをつれてお母さんがやってくる。「どうされました?」ドクターが聞いても男の子ちゃんは「お母さん」とお母さんの顔を見るだけ。

べらべらべらとお母さんが彼の病状を話し出す。別の病院のナースも、そういう男の子ちゃんが多いと呆れていた。

マッタク、手前のケツも手前でふけないよーなヤツが安宿泊まんなよ、と思う。シリアの彼女も同感だと言う。

その彼女は、ワタシが「イランへの道」(当時、非常に入国困難だったイランへの行き方を手書きで綴ったガイド。

長期旅行者の間で密かに伝わっていた幻の書。ある旅行者がある国のある宿屋のノートに全文転載した事により、広く知られる事となる)持ってるよ、と言っても、

シンガからはちょっと密航船みたいなモグリみたいなの(船)が出てて、それで安くインドネシアに行ったんだよ、とか、香港から書類を運ぶ仕事があってそれを使うとバンコクまで安く行けんだとかいうハナシを、

どれもこれもキラッキラした瞳(め)で「その情報、今でも絶対価値あるって!」と聞いてくれる。なんだか嬉しくなった。元気になった。いつのまにか配送するのをやめてしまっていた(その後書き続けてはいたんですけど公開する気になれずにいました。)旅行記も再開しちゃおっかなーとか思った。

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第三世代」の人達は、ネットや数多のガイド本があっても、ひょっとしたら裏情報とかってのは意外と入って来ずらいのかもしれないし、ID化でワルイコトもやっぱしずらいんかなーと思った。

だから「旅の強者」に出会える確率も、もしかしたら低くなってしまっているのかも。

でもカンケーないよ。

国境も情報もが開いて世界は手を広げて待ってくれている。ゴアテックスのカッパも軽量のデジカメもあるじゃあないか。大丈夫、もっとスゴい旅が出来る可能性は無限にあるよ。

次世代の「旅の強者」のハナシはどんななんだろう。それを聞きたきゃ自分も、やっぱ旅に出なけりゃね(^-^)。


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