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ふぁいるでーた

はぢめてのタイランド・前編


通しNo .00079
〜なはなし
どたばた・とほほ
〜のはなし
旅・せかい
喰いもの・せいかつ
せかい
タイ王国
〜のころ
ナース卵
高看学生
とき '91 3月-4月
メルマガ配送日
 2002/07/22号


はぢめてのタイランド・前編

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このお話しは、
以前『タイ初体験・前編』というタイトルで公開していたものを
今回手直ししたものです。
以前のファイルはこちらにあります。
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初めてのバンコク(タイ)は印度への空路の途中、二泊程度立ち寄ったのだった。

その時は妹と二人、印度がメインであったからとりあえず一応印度のガイドブックは例のあの黄色い表紙の奴を初心者らしく持参していたのだが、タイに関してはホントに何も知らなかった。

今思うとあまりに無謀である。

だいたい、ワタシは全くのフリーで旅行するのは始めてだったし、妹なぞはこの旅行の為にパスポートを作ったのである。

オマケに(関係無いかも知れないけれど)ワタシの高校の地理の成績は「2」。常にずっと「2」。それも┼段評価の絶対評価での「2」だ。(*1)

今でこそ何かというと地図帳を広げ飽きもせずしげしげと地図に見入っているワタシであるが、例の怒濤の旅行の前までは地図の楽しさなんか全く解らなかったのだ。

そんなワタシの「タイ」という国についての予備知識といえば、「シャム猫の原産地であったらしい」という事と、「首都はバンコク」という事だけ。

妹の方も似たり寄ったりで「ゾウにヤシの実をやるとそれをそっくりまるごと食べてしまうらしい」という事だけだったのだから知らないにも程があるというものだ。ってか姉妹してアホ過ぎる。

しかもそれから旅行迄に仕入れた事と言えば「バンコクの空港は二┼四時間やってて便利らしい」という事と、あと見送ってくれた知り合いの旅行会社のオジサマ(社長さんです)が出発直前に

「とにかく空港出て左側に行くバスにのれば街に出るから」

と聞かされただけだった。

ほんっとマジ信じらんないけど、本当にたったそれだけの情報で初めてフリーで行く外国で(何度も言うが妹なんか外国そのものが初めてだ。)二泊三日を過ごしたのであるから恐ろしいというか随分怖いもの知らずなハナシである。

ひょっとしてこういうのが「若気のいたり」っていうのかね?

そしてこの無知なほげほげ姉妹が、次にタイについての情報を仕入れたのはもうタイに着いてから、それも空港で両替をした際にタイの通貨が「バーツ」であるという事を知った時だった。

つまり(情報の)現地調達である。

・・・その時はまだ、二人とも移動の疲れもそれ程感じず、初めて見る奇妙なお札を手に取り「へぇ〜タイのお金は“バーツ”って言うんだぁ」などとはしゃいでいた。

しかし両替を済ませて空港の外に出るや否や、二人はバンコクのあの凄まじい熱気と湿気と排気ガスとをイッキに体中に吸い込んでとたんにげんなりと躰が重たくなってしまったかの様に、即座に地方衛星都市にある家を出てからこれまでの疲れがどっと押し返して来た様な感じがした。

シャツはじっとりと湿って肌にまとわりつき、防犯の為にと腹の前に抱えた小さなデイバッグがもう既にうざったかった。もあんとむせるように暑いというか熱いくせに酷く強い風が吹いていて、その脂っぽい空気のホコリは顔と喉に絡みついて気持ちはせわしなく、神経ばかりがとがってちっとも平気ではいられなかった。

多分、二人は空港を出た時点でもう既にバンコクに負けてしまっていたのだろう。

負けていた、という言い方がおかしければあの圧倒的な雰囲気に「呑まれてしまった」いや、飲み込まれてしまっていたのだと思う。

・・・気力を振り絞ってやっとの事でバス停を探し、さて街に出ようと思ったがなにしろワタシ達は街の名前一つも知らないのである。そこで近くにいる人に訊ねてみたが一向にラチがあかない。

多くの日本人がそうする様に(ワタシの田舎だけか?)タイのおじちゃん、おばちゃん達はワタシ達がカタコトの英語らしき物で話しかけると恥ずかしがって逃げてしまうのだった。

(その時のワタシは現地で現地のことばを習う術も無く、只、ワタシ達姉妹はとにかくあせっていて、とりあえずワタシ達にとって一番手近な外国語である「英語らしきモノ」で話しかけてみたのである。今思うと、とても傲慢なコトだったと反省している。)

では、と(学生の方なら少しは英語を解ってもらえるのでは)と思って制服の男の子に街への行き方を訊ねてみたのだが、彼は考えてはくれている様なのだがやっぱり一向に要領を得ない。

そのうちその男の子は真剣に困ってしまっている様子になって来てしまってなんだかこっちもだんだん申し訳ない気持ちになって来てしまった。

勿論、バスの表示を見てもワタシ達にはワケの解らない豆モヤシがコミカルに並んだ体のタイ語表記のみである。

時間はどんどん過ぎて行くし暑いし排気ガスはすごいし、焦りと疲れで姉妹はバスに乗る前からクタクタになって泣きたくなってしまっていた。

それで切羽詰まった二人がどうしたかというと、悲しいかな日本を出る直前に旅行会社のオジサマから聞いた通り本当に左に流れるバスに当てずっぽうで乗ったのだった。

そしてやっぱり当てずっぽうでバスを降り、更に当てずっぽうでHOTELをさがしたのだがHOTELと思って建物に入るとフツーのオフィスだったりして、ワタシ達は日差しと乾きに責められながら、それを三軒も四軒もくりかえした。

そうした街の方角や宿屋探しなど、旅が長くなると「ハナ」(鼻)で判ってくる様なコトのほとんどが、その時のワタシにはまだ全然判らなかったのである。

そして、HOTELの探せないまま、とんでもないことが起きた。

お手洗いに行きたくなったのである。

公衆便所は見当たらない。

そこで二人は日本の子ども商いか小さな雑貨屋か(*2)という様な所でビン入りの7-UPを買い、店のおばちゃんに「お手洗いかして」とまたまたへたくそな英語で言ってみた。

が、ワタシのセンテンスがまちがえていたのだろうか(*3)、やっぱりおばちゃんには全く通じない。そこでしゃがむ真似をしてみたらおばちゃんは木のイスを出してきてくれ、そこに座る様すすめられてしまった。

もうワタシの膀胱はぱんぱん、冷や汗が出るほどになってしまい、これで最后のチャンスだとばかりハジをしのんでコカンに手を当て子どもがやるように「もっちゃうよー」と日本語で言いながらジタンダをふんで見せた。

するとおばちゃんそれを素早く了解し、マンディーをかしてくれた。

それがワタシとマンディー(東南アジアのフロ兼トイレ)の出会いである。

さて、二人して便所をかりて日本語で一生懸命お礼を言い、まだ飲み切っていなかった7-UPを持って出て行こうとすると店のおばちゃんが「行くな」という。

でもどうやらその「行くな」は「7-UPを持って行くな」というコトらしい。

そこで「7-UPを持って行ったらダメなの?」と身振りして表すと、おばちゃんは「持っていってもいいヨ」という感じだったのだがでも何故だかワタシ達に小さなビニールブクロを渡そうとする。

???・・・それでワタシ達は先のトイレの時みたいに(又、ハナシがぜんぜん通じて無いのかな)と思い、「いや、フクロは要らないよ」と店を出て行こうとするとおばちゃんは又ひきとめる。

そこでまたまた「7-UPを持ってっちゃダメなの?」と訊ねると、おばちゃんは「持ってって良い」と応える。なのにワタシ達が店を出ていこうとするとまたまたまたひきとめるのだ。

何がなんだかよく判らないけれど、ともかく7-UPに問題があるらしかったので妹と二人、あきらめて店の前の地面にぺったりとお尻をついて残りを飲んだ。

そして又HOTELを探しに出かけた。

歩いていると道行く若者が何か妙な物を持っている。それは、茶色い液体の入った、縁日の金魚を入れたビニール袋みたいな物だ。

しばらくして、それはビニール袋に入れられた恐らくコーラであるらしい事が判った。

道行く人は皆、ビニール袋の中に清涼飲料水を入れてまるで縁日の金魚すくいの金魚を入れる袋みたいな状態でビニール袋を紐で吊し、それにストローを差し込んでそして何故かみんなビニールの紐を小指の第一関節に掛けて手の平を天に向けたポーズでそれを飲んでいるのだ。

ああナルホド。やっと先程のおばちゃんのビニールブクロのナゾが解けた。

おばちゃんは「7-UPを持って行くならこのビニールブクロに移して持って行け」とワタシ達に伝えたかったのだろう。

そう言えばワタシが子どもの頃、醤油のビンとかサイダーのビンとか持って行くとやっぱりお店のおばちゃんが五円とか┼円とか小銭を返してくれる「ビン代」っていうのがあったなあ、というコトをようやく思い出した。

後に東南アジアの人、特にタイの人はこの「ブラスティックバッグ」と呼ばれるビニールブクロに恐らくなんでもかんでも──ごはんからスープ、カキ氷まで──入れてしまうというコトを知るのであるが、思えばこの「7-UP事件」はワタシがその習慣に初めて触れた出来事で、他にも色々な「初めて」のエピソードが凝縮されている事件(?)となっている。

「ビン代」方式(最近ではデポジット方式なんて洒落た言い方をするらしいが)は、ビンをリサイクルするので環境に良いと最近日本でも見直されているらしいが、タイの様にこうビニール袋を乱用をしてしまってはリサイクルもへったくれも無い気がする。

こちらでは、ガラスのビンは予想以上に高価なのだろうか?(*4)

・・・ともかく、今夜の宿を探さなければ...

姉は又妹を連れてめくらめっぽうに歩き出し、又ここぞ、と思う建物に入っては只のオフィスだったりするのだった。



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(*1)地理は「2」
しかし「例の旅」の後、帰国してから大学行って社会の教員免許取ったんだよなー(^_^;)。でも未だに地理良く解んないよ。いつも地図帳見て調べてるし。  (*1)にもどる


(*2)子ども商い
ワタシの地元のことばで駄菓子屋のことをこの様に言います。

なんか人買いみたいですが(^_^;)。

詳しくはこちらに。  (*2)にもどる


(*3)センテス間違ってる?
ワタシゃ社会よりも更に英語が出来なくて追試を14回も受けた事があるんですよ。

え?勿論おんなじ問題でですよ。しかも内容は中学英語。最後はカンニングで卒業しましたよ(^_^;)。

関連→『旅の、ことば。「伝わる」編』  (*3)にもどる

印度のびん(*4)ガラスの瓶は高価?
追記:その後、印度で飲んだぶどうのジュース(確か「ポーテュロイ」とか言うやつ)のビンが気に入って「ビン代」を払ってそのビンを買おうとした所、瓶が中身の飲み物よりも┼倍も二十倍もするコトを知り、

タイではそれ程高く無いのかもしれないけれど、アジアに置いてガラスのビンはどうやら予想以上に高価で大切な物であるらしいことが判りました。

写真左側の透明なびんが印度から持ち帰ったそれです。クリックすると大きな写真が見られます。ちょっと解りにくいんですがぞうさんが浮き彫りになっててかわいいんですヨ。

クリック♪追記:印度のアルバムからぞうさんマークのラベルを発見しました。(写真をクリックすると大きく全体が見られます)ぞうさんマークの中身はソーダ水だった様です。ワタシはペリエとか味のしないソーダ水が好きなので買ったみたいです。

という訳でぶどうジュースポーテュロイは真ん中の瓶だったみたいです(^-^)2002.07.24

ちなみに写真右のびんは西豪州のレッドバックビア。  (*4)にもどる


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