* カ レ 〜 *
(メールマガジンでお届けに上がる商品のほんの一例です。)
女子大に通っている時、ワタシは「すごいカレー好き」と思われていた。

多分、よく学食で食べてたからだと思うんだけれども、実際はカレーが一番安かったから食べていただけの話しなのだが。

なにしろワタシは大学の事務所や研究室で失敗コピーの紙をもらってはそれをノート代わりにしていた位で、友人からは「こんなにビンボーな女子大生がいるかね!」と言われていた位なのだ。

・・・それに、あそこの学食のカレーは激マズだったし。

どこうどうやったらあんなに不味いカレーが出来るのか、不思議なくらい不味いカレーだった。それなのに350円なんだから高いよな。

この学食のカレーはワタシの人生史上1、2を争う不味いカレーだ。ちなみに争ってるのは中学の高原学校で出たカレー。アレは不味い上に盛りつけもサイアクだった。きゅうりがまるごと一本原形のまま冷めてざらざらしたカレーの上にど〜んとまるで投げつけられた様に乗かってた。

普段滅多に「不味い」とは言わないワタシが帰宅してから母に「すごく不味いカレーが出た」と言ったら「お前が不味いって言うんだからよっぽど不味いんだね〜、そんな不味いもん、何で出すん?!」と言っていた(^_^;)。

一方、美味しいカレーと言えば、香港のシーク教徒の人のお寺で食べたカレーだ。

ワタシが今まで食べて来た中で、(印度本土も含めて)多分一番美味しかったんじゃないかな。

その美味いカレーを、シーク教徒の人のお寺では、日曜日の朝に無料で食べさせてくれていたのだ。

それは、多分善行とか施しとかの為にやっているんだと思うんだけれど、定かでは無い。

ワタシは何度かこの“サンデーカレー”をいただいたのだが、只の一度も布教活動をされたことは無かったから、布教活動の為って訳でもなさそうなんだけれど。でもどうだろう?やっぱり布教活動の一環なのかな?よく判らないけれど。

あ、そうか。

日曜日のお祈り(礼拝みたいな感じの)に来る人に食べてもらうためのお食事なのかな?

-----
シーク寺院へは、香港に住み着いている時、先の旅の師匠に何度か連れて行ってもらった。夏の暑い日だった。

なんでも、彼は以前このお寺にごやっかいになっていたコトがあったそうで。

普通は超人口過密都市の香港において、いくらお寺とはいえ無料で泊まれるなんて、そんなウマい話しは無いんだろうけれど、彼の場合はヒンディー(ヒンドゥー語。印度の公用語のひとつ)もちょっと話せたし、様子もどことなしサドゥ(印度の修行している人達)見たいだし、まぁ、なんつーか雰囲気が只ならない感じがするからおいてもらえたんだと思うんだけど。

その彼の言うには、ここのカレーが美味しいの訳は、香港はバター等質の良い食材が手にはいるので、本土(印度)のカレーなんかよりも美味いカレーができるんだ、と言っていた。

そう言えば、重慶(「チョンギン」って漢字コレでよかったかな?)マンションのカレーも美味しいって有名だし、一理あるのかな?。

そうそう、シーク教徒の人を見分ける方法を教えてくれたのも彼だった。それは師匠と出会った時、印度でのバラナシという所でのコトだったなぁ。

師匠は本当に数え切れないくらいのコトを、小さなことから大きなコトまで、下らないコトから大切なことまで、本当に色々ワタシに教えてくれたなァ・・・。

・・・シーク教徒の人の見分け方はとても簡単。

それは、ターバンを巻いている人。

日本では、あるカレーの箱に、ターバンを巻いている印度人が印刷されているせいか、どうも『印度人』というと『ターバン』、『ターバン』と言ったら『印度人』っていう感じがしちゃうんだけれども、

実は印度の人の全員がターバンを巻いているって訳じゃ無くって、ターバンを巻いているのはこのシーク教の人達、しかもその男性だけなのだ。

ワタシも印度に行くまでは知らなかったけれど、『ターバンを巻いている印度人』は、実は印度では意外と見かけない。

つまり日本で言うところのステレオタイプのイメージとしてのいわゆる『印度人』というものは、印度にはあんまりいないっていうコトなのです。

-----
カレーを頂いた日は、ワタシもお祈りに参加させてもらっていた。

やっぱりよくカレーを食べに来ていた香港人のおじさんは、カレーを食べるとさっさと帰って行ったけれど・・・

そこのシーク寺院は結構大きな建物で、ちょっと道路に対して低い位置にあって、お寺で言うところの本堂みたいな部分が道路と同じ高さにあって、あと食堂とか幼稚園みたいなお教室みたいな所とか、各種施設が地下っていうか一階っていうかにあった。

カレーはその食堂にくっついている大広間みたいな所でふるまわれていた。

カレーをいただいた後だったと思うんだけど・・・本堂みたいな所へ行って、お祈りを聞いた。聞いたって言っても外国語だったから意味は全然解らなかったんだけれども、ワタシはこのシークの人のお祈りを聞くのが結構好きだった。

お祈りは、先ほどの道路に対して同じ高さ位の所にある、本堂みたいな建物で行われていた。

まず、そに入る前には手足を清めなければならないのでで、入り口にある水道で手足を洗う。

そして多分女性はスカーフを被らなければいけないんじゃなかったかな。ちょっと記憶がおぼろだけれども、確か持ってない人の為に入り口にかけてあった様な気がする。

ワタシはハンカチで代用していた様な記憶があるんだけれども、ちょっと定かでは無い。

で、手足を洗ってスカーフを被って中に入ると、すごく蒸し暑い香港の夏に比べたら、ちょっとひんやりしていてとても気持ちが良い。

天井がまるくて、白いコンクリートの壁と床。太陽の熱を遮る様な感じでちょっと薄暗いつくりなんだけれども、窓からは自然の光が入るので適当に明るくて、とても気持ちがすっきりする感じ。

前の方中央には棺みたいなものが飾り付けられていて、その両脇に音楽を奏でる人が座る。

みんなはその人達に向かい合う様に各自おのおの好きな所へ座る。
お祈りは、3人の男性で歌を唄うみたいにしてする。手風琴を奏でる人を中心に、ゆったりと唄う。繰り返し、繰り返し・・・

・・・手風琴のやさしい音色と男性の低い声はまざり合いながら上へ上へと立ち上って行って、丸い天井にはばまれて又ゆらゆらと下に降りて来て・・・そして又、後から昇ってきた音色に押されて上へ・・・

・・・という風に、もし羽衣がただよっていたらそんな感じだろうな、って感じに音がたゆたわって行く。

お経も、賛美歌もそうなんだけど、宗教の音楽というのは、中には激しいのもあるけれども、だいたいとてもよく計算されていて、人間の気持ちを落ち着けたり、澄ませたりすると思う。

だからワタシは特定な信仰は無いんだけれども、お寺や神社や教会なんかに行くのが好きだ。そうそう、建物の作りも芸術的だし、絵や窓や像なんかもすごく芸術的だしね。

一度、お祈りを聞いた後、お寺の人に「来週は結婚式があるから是非いらっしゃい」と教えてもらったコトがあったんだけれども、残念ながらその週は寝坊してしまって、シークの人の“お嫁さん”が見られなくてとても残念だったな。

-----
教会なんかでも、日曜礼拝の後にお菓子やサンドイッチなどのちょっとしたものとお茶を出すコトがあるみたいなんだけれど、教会の“ウリ”というか布教活動にかかせないのは、やっぱり『音楽』だと思う。

特に南国の人は唄うコトや音楽が基本的に好きだから、賛美歌やゴスペルなんかはとても喜ばれるし、あとインドネシアなんかだとオルガンやギターと言った楽器がまだとてもめずらしくて、沢山人が教会に集まってそれでカソリックにまんまと回心してしまった人も少なく無いみたいだ。

インドネシアの田舎の方の人達なんかは多分その典型だと思う。

独自の文化を持ってこじんまりと部族で集まって暮らしているのに、何故かカソリック教徒ばかりがいる・・・という様な集落が結構多くて、それはどうやらそういうコトみたいだ。

先ほど、「まんまと」なんて書いちゃってキリスト教の人達には非常に申し訳ないんだけれど・・・ワタシは宗教活動そのものを揶揄するつもりは全く無いんだけれども、でも、その宗教によって現地の文化が歪められて行ってしまうのは何だかとても嫌というか悲しい気がするのデス。

悲しいと言えば、大戦中、日本兵がインドネシアの人を教育するに当たって童謡を利用したというのもあったデスね・・・
(ワタシもそのコトについて書いたことがあります。→『シワのおじいちゃん』

・・・南国は食べ物が結構抱負で、のんびりしているからそういう布教活動が効果を発揮するのかも。

まぁ、あとアフリカなんかのあんまり食べ物が抱負じゃない様な所でも、(以前叔父が死にそこなったコトを書きましたが。→『叔父のアフリカ大体験記?』

法華経系の宗教はお題目を唱えるのがコレすなわち信仰ですから、貧しい土地でも歌って(踊って)『宗教活動』という風になるんでしょう。

一方、印度本土など、ちょっと食い詰めている様な所では、やっぱりカレーとかそういう『食べ物』系が効果を発揮するのか、クリシュナ神を信仰する「ハレークリシュナ」という宗教団体の方達なんかも、定期的にカレーを振る舞ったりしている様だ。

ワタシは「ハレークリシュナ」のお寺では直接カレーを頂いた事は無いのだが、オーストラリアでその集まりに参加したコトがあった。

その時は夜の催し物で、そこでは土地柄かホームレスーの方達がすごく沢山集まっていて、みんなタダカレーを食べていた。

それで「ハレークリシュナ」の人達は、只、カレーをふるまうだけでは無くて、なんか納涼祭みたいなノリでステージまで作っちゃって音楽の演奏をしていた。

演奏は、印度っぽいタイコやなんかの他にエレキギターを使ったキリスト教の教会で若い人達がやる様なロックっぽい演奏(それが結構ギンギンで、ついでにステージもキンキラモールで飾り立てられていて、ライトもド派手でとにかくすごくギンギンだった)なんかもしていて、その集まりでは一種異様なエネルギーがむやみに高まっていて、ちょっと怖い位だった。

-----
その「ハレークリシュナ」の布教活動にワタシは又再び巡り会うのだが、巡り会ったのはなんと帰国後、日本だった。

その「ハレークリシュナ」の布教活動に再び巡り会ったのは、なんと帰国後、日本だった。

原宿の駅からホコ天に向かって歩いて行ったら小さな橋の上でハゲにして印度っぽい服を着た男性(映画、「ビルマの竪琴」みたいな服装に、派手な飾りを付けた弁髪風のおぐし)を中心に、3人くらいの男性が何か楽器を持っていて、その周りで何人かの男女が『無料カレーパーティ』のチラシを配っていた。

彼らは大きなタイコを肩から下げたり何か他の楽器を持ったりしていて、中心の人は真ん中で昔トムキャットの人やC.C.B のリュウちゃんや、最近ではコムロさんなんかがしていた様な手ぶらマイクを付けてタイコを叩きながら熱く唄っていた。

布教活動と言えば、ワタシが小さな頃なんかは、よく新宿で、でっかいスピーカー背負った白人のお兄さんがキリストみたいに髭もじゃもじゃさせて大音量でそのスピーカーから何か流しながら歩いていたものですが、最近は見かけませんね。

宗教活動にも何か流行廃りとか、そういうのがあるんでしょうか?

ワタシが原宿で「ハレークリシュナ」の人達を見たのは、もう結構前のコトなんだけど、彼らは今でもあそこでタイコをドンドコやりながら頭にマイクを付けて歌っているだろうか。

√ハレークリシュナー
ハレー
ハレー