* まず目で、そして手で喰べる。 *
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 例の怒濤の印度半周を終えたワタシ達姉妹は、スリランカに渡った。

通常、印度の疲れはネパールで癒すのが一般的らしい。
カトマンドゥかポカラ当たりでチョモランマを眺めてガンヂャ(*1)をふ かしていると、いつの間にやら1ヶ月や2ヶ月平気で経ってしまうのだそ うだ。

ワタシ達は、印度を北から入ってとにかく南下していたし、又印度再南 端の空港、トリヴァンドラムからはタイ行きの便が無かった事もあって、 すぐ南のスリランカへ渡ったのだ。

ワタシ達が死ぬ思いで南下(*2)した理由は印度最南端の「コモリン岬」 に立って見たかったからだった。

世界地図を広げて印度を見てみると、印度という国は南に向かって逆算 角形にとがっている。その逆三角形の頂点の岬が「コモリン岬」だ。

聞くハナシによるとその岬に立ったなら、目の前でベンガル湾、インド 洋、アラビア海のみっつの海がぶつかり、まるい水平線が自分の耳の後 ろまで見えると言う。

ワタシ達は、のまぁるい地平線が見てみたいという、只、それだけで列 車を何十時間も乗り継いでこの地を目指して来たのだ。バカといえばバ カである。

はたしてその光景は、ワタシ達の期待を裏切ることなく頭の周り中に広 がり、姉妹は旅の疲れをホンの少し癒した。

これまでの、約1ヶ月の旅で、ワタシ達は肌も服も焼け、埃だらけでほ とんど印度の土と同じ様な色合いになっていた。妹は酷い下痢がつづき、 ワタシは高熱を出しながら、夜行列車のトイレの前でゴキブリと一緒に うずくまっていた。

そんな印度の旅を終え、又ワタシ達の旅そのものも終わりに近づいてい た事もあって、スリランカでは少々お金も使ってゆっくりしようと2人、 一致した。

なにしろ、成田→タイ→印度→スリランカ→タイ(トランジット)→成田 の約1ヶ月間の旅でワタシが使ったお金と言えば、上記した主なエアラ インを除いて、もちろん、印度半周の全ての交通費も含めてなんと1万2 千円だったのだから、如何に物価の安い3国とはいえ、全くフリーで行 く、始めての海外旅行としては結構ハードな旅だった様に思う。

コモリン岬のあるカンニャークマリという所に一泊して、その光景を満 喫すると、ワタシ達はカンニャークマリから空港のあるトリヴァンドラ ムという所までもどり、そこからスリランカのコロンボへ飛んだ。

コロンボに着くと空港か観光局か、はたまた通りすがりの人か忘れてし まったが、ともかく誰かに「コロンボからそれ程離れていなくて、2、3 日ゆっくり過ごせるところはないか」と訊ね、ある村を教えてもらった。

その村までは列車に乗って行った。
ついた所は小さな漁村だった。
宿はそれまでほとんど野宿同然の木賃宿に泊まっていたのだが、その時 だけは、海にほど近い、古いがこざっぱりとしている瀟洒なホテルを訪 ねた。

ホテルは建物も人もとても良くて、ワタシ達はとてもゆっくりとした気 分になれた。

折角だから海辺を散歩しようと部屋を出ると、ホテルの人に今日の食事 はどうするかと訊かれた。「何か適当な、その日捕れた魚でいいだろう か」というような事を訪ねられた様に思う。ワタシ達はそれでいいので、 おまかせしますと言って、外出した。

夕暮れ近い海辺に出ると、頭をみんなパンダのお耳みたく2つのおだん ごに結い上げたおばちゃん達が陽気にナニか仕事をしていて、子ども達 がじゃれあっていた。

おばちゃん達は、ワタシ達の頭をピンもゴムもナニも使わずに器用に結 い上げてくれ、子ども達は森の妖精の様にワタシ達を取り囲んではしゃ いだ。

旅の仲間が、何処かでジプシーの子ども達に囲まれて、注意をしていた んだけれども、結局ナニか取られていた、ジプシーの子どもに会うと必 ず何でも取られてしまう、という様なハナシをしていたけれど、ここの 子らはワタシ達を取り囲みながら、なんと自分たちの付けていた首飾り やその他の装飾品を外して、ワタシ達に付けてくれたのである。

飾りには、どれも綺麗な石がついていて、きっとサファイヤとかの宝石 だろう、いくらスリランカが宝石で有名と言ってもそんなイイモノ頂く わけにはいかないと、(ひとしきり遊んだ後、)丁寧にあやまってその宝 石類を子ども達に返し、ワタシ達はホテルに戻った。

ホテルに戻ってしばらくすると食事の時間になったので、ワタシ達は 階下のレストランに降りた。

机にはきちんとクロスがかけられていて、銀食器が並んでいた。どうや ら西欧スタイルで食事させてくれるらしかった。

やがてお魚料理が運ばれてきた。とっても美味しそう!
約1ヶ月ぶりの落ち着いた食事。

さて、いただきます・・・と食事を口に運ぶのだけれど、2人ともフォ ークを口に入れられない。気を取り直してもう一度・・・やっぱり口に 入れられない。無理に口にいれるのだけれども、唇が閉じない。

一体、どうしたことだろう?

別にふざけているワケでは無いのだけれど、フォークを口に入れるとも のすごい違和感があり、吐き気や目眩までして来てしまうのだ。

どうやらワタシ達は、この一ヶ月間、ずっと印度の人と同じ様に手で食 べ物をすくって食べていて、それもスープなど汁モノまでそれで食べら れる位上達していた為か、異物である銀食器をどうしても口に入れられ なくなってしまったらしい。

・・・そう言えば、これと似たようなハナシをワタシは聞いた事があっ た。

印度に来る前、ワタシは看護学校へ行きながら、看護婦見習いとしてあ る病院で働いていた。ハナシはその時の先輩ナースから聞いたものだっ た。 その先輩が最初に勤めた病院で、あるとても不思議な症状をもった女の 子が入院していた。その子は産まれた時から極端に体が弱く、原因も一 切判らなかったのだそうだ。

確か、その子は生まてすぐ入院していたと言う。そして色々調べた 結果、その子の腸内に柔突起が全く無いという事がわかったのだそうだ。

柔突起とは、腸の内側の壁にあるひだの事で、人間はそこから栄養を吸 収するのである。ところが、その子の腸の内側はつるつる。栄養を取り 込もうにも取り込めない体だったのだ。

それでもその子は点滴とチューブの流動食で、ずっと入院したまま成長 したそうだ。で、その子が10才くらいになった時、症状が改善したので ある日食事をしてみようと言う事になったのだという。

食事と言っても、なにしろ生まれて始めて食べるのだから当然お米つぶ なんか見えない重湯だったそうだ。

それをナースがスプーンで一口、口に運んだとたん、その子は痙攣を起 こしてスプーンを噛みしめたままになってしまったのだという。それま で、食器という異物を一切口に入れたことが無かった為の拒否反応だっ たのだそうだ。

・・・ワタシ達は、たった一ヶ月だけれども、彼女は10年間である。し かも異物を口に入れた経験が全く無い10年間だったのだから、拒否反応 も大変なものだったのだろう。

「手で食べる」という行為は、慣れないと大分難しいし、又人によって は随分抵抗があるだろう。でも慣れてしまえば実は心地良いことなのだ と思う。(*3)

それは、まず、食べ物を手で確かめられる、という事があると思う。

人間は普通、無意識に食べ物を目で、鼻で、耳で、口で食べられるか食 べられないか確認していると思う。つまり、5感のうちの4つの感覚を使 って確かめているのだ。

ところが、食器を使わないで手を使って食べるてみると、そこに「触覚」 が加わり、5つの感覚、全てで(食べても大丈夫だ)と確かめることが出 来るのである。

ワタシの経験だと、印度を旅している内にだんだんと手で食べる事に慣 れて来て、そのうち料理を「目で味わう」様に「手で味わう」という事 を無意識にするようになっていた様だった。

次ぎに、先にも話した通り、手を使って食べれば口に「食器」という異 物を入れなくて済む、という事がある。

これは実は大変重要な事の様にワタシは思う。安心して、食べ物を食べ る、という行為には素手が一番健全の様な気がするし、「食べる」とい う行為が一番身近に感じられる方法の様にも思う。

以前、フランス料理というのは、「食べる」という原始的な行為をなん とか上品に出来ないか、という考えの元、発達したと何かで読んだ。

その為、素材が何か出来るだけ判らなくなる様に料理するのだそうだ。 確かに、フレンチのテリーヌなんかは何の素材を使ったのか、ぱっと見 全く判らない。

この様に、「食べる」という行為のあさましさを究極まで遠ざけるべく 発達した様式で食事をする際、その料理を口に運ぶのに使うのが冷たい 無機質の金属で出来たカトラリーだと言うのも、なんとなくうなずける ハナシではないだろうか。

そう考えると、お箸、というのは身内のひいき目ではないがとても理に かなっている食器の様に思える。

木、というのは食べ物に近いし、大昔では十分食料であっただろう。温 度というか、ぬくもりもある。食べ物の質感もある程度はこまやかに伝 わって来る。

でも、まぁ、手にかなうモノはないだろうけれど。

・・・隣では、印度から来たハネムーナーがカレーを食べていた。ワタ シと妹は(ワタシ達が外国人だからとせっかく仕度してくれたけど)ワタ シ達もあっちのカレーでよかったネ。言い合った。(モチロン、お料理 は全部美味しくいただきました)

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(*1)ガンヂャ:大麻のこと。法律では一応禁止されているが、ヒンドゥ ーの世界では、「神に近づく行為」として用いられている。
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(*2)印度を死ぬ思いで南下:については「神秘珍珍ニコニコ園」緊急リポート
『印度キレイ、キタナイ』とか『フルーツバスケット(座席を巡るあれやこれや) 』の時少し書きました。
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(*3)手で食べる:以前「印度、キレイ、キタナイ」の注釈で言いたかったのは今回のこういう事です。
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