*フルーツバスケット(座席を巡るあれやこれや) *
(メールマガジンでお届けに上がる商品のほんの一例です。)
こんにちは〜

いや〜ホームページに続いて、危うく世界初?メールマガジンの生理休暇生理休暇を取る所だったワタシです(^_^;)。

今はなんとかおクスリがきーてきて、若干ラリ気味でこれを書いています。
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大垣鈍行というのがある。

東京駅から文字通り大垣(岐阜県?)までゆく鈍行列車だ。たしか東京発23時じゃなかったか、一度だけ乗ったことがある。

あの時は汚かった(身なりが)なぁ。そして無謀だった。

まだ例の旅行から帰国して間もなくだったから、服もボロボロのしかなくて、リュックは中国のずだ袋みたいな人民カラーので、まだ長期旅行者気分が抜けてなかったから、青春18切符使って12月31日の仕事終わって直行で駅に行って、全行程各駅で広島まで行って帰って来て、明けて1月3日か4日かの朝8時に地元の駅に着いてそのままダッシュして、8時15分始まりの仕事始めに滑り込みセーフ・・・だったんだよなぁ・・・・

もちろん、泊まるとこなんて予約してなくて、宮島で白人の男の子に泊まってるYH(ユースホステル)紹介してもらって1泊したなぁ。後は旅行仲間の家に泊めてもらって・・・今思うと迷惑な旅行だよなぁ(^_^;)。

んでその旅行に行く前、バンコクで知り合った人から

「大垣鈍行」は早めに行って並ばないと酷い目に遭うよ〜。以前東京から大阪の実家に帰る時乗ったけれど、座席も網棚まで人であふれて、まるで戦後の引き上げ列車の様でした。私は通路にも立ってられなくて、ずっと車両と車両の切り替えの繋ぎ目に立って大垣まで行きました。』

と聞いていたのでびびったけど、ワタシが乗った日は臨時列車が出た為か、運良く座れて、混雑もそれ程では無く、立っている人も少なくてちょっと肩すかしだった。

列車に座りながら、

「なぁんだ、全然OKじゃん、これならマレーの“ジャングル鉄道”よりよゆ〜じゃん!」と思った。

“ジャングル鉄道”というのは、ワタシが勝手に名付けた列車の事で、マレーシアの中央部のジャングル地帯を縦断する長距離列車の事だ。

あの時はマイッタ!

印度の時もマイッタけれど、んん、いや、印度の時も同じくらいマイッタか。

印度の時は、確かバラナシからカルカッタまで列車で行って、それだけだってしんどいのに、そのままスリーパー(寝台)も取れずにマドラス行きの長距離列車につづけて乗り換えちゃったんだよなぁ。

「スリーパーは列車の中で取れるだろ」なんてタカをくくって乗っちゃったんだけど、取れやしなくて、夜になったら車両を追い出されてトイレの前で妹と2人うずくまってたんだよなぁ。

妹は酷い下痢で、ワタシは熱を出していたなぁ。

列車が遅れに遅れて飲まず食わずで35時間位(通算50時間以上)乗ったなぁ。

でも、真夜中に親切な駅員さんがあまっていた座席を1つ探してくれて、せまい座席に妹と2人で転がってたんだよなぁ(^_^;)。

それもタイヘンな鉄道の旅だったけれど、マレーの時もすごかったな。

あの時は、なにしろ現地の人もばててたもんなぁ。

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やっぱり列車が遅れに遅れて、途中でエンコしちゃったんだよなぁ。

座席は満杯ぎゅうぎゅうで、ワタシは早くから並んだからなんとか座れたけれど、それこそ網棚や肘掛け、通路にも人があふれてて・・・

夜中、ジャングルのまんまん中で列車が止まっちゃって、室内灯も消えちゃって、薄暗い玉電球見たいな明かりだけで勿論エアコンや扇風機なんか無くて、窓は空いてたけれども風なんかひとっつも入って来なくて、車両ごと蒸された春巻きの中身みたいだったなぁ・・・

食堂車もモチロン閉まってて、駅の度に来る物売りなんかもモチロン来なくて・・・現地の人や駅員さんさえも暑さと乾きと疲れでみんなばててぐったりしてた。

そんな車両の中で、ワタシも荷物を抱えながら人々に押されながらモーローとしてて、ふと気付くとワタシの足と足の間に人の顔があってすっげーびびったり。

みんなぐでぐでで通路に横になったり座り込んだりしてて、網棚や肘掛けにいる人なんかまだ良くて、座席の下にまで潜り込んでたんだよなぁ。

はぁ・・・

あの時も座れてラッキーだったなぁ。
長距離列車の座席はきちんと準備して確保するべきだなぁ・・・

あ、でも前々から準備したり予約したりしてもダメな時もあったよな(^_^;)。

あれは列車じゃなくて船だったけど・・・

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インドネシアの有名な「ペリニ汽船」というのがあって、その船底の一番悪い座席だったけど、それを横取りされたことがあったなぁ(T_T)。

ペリニの最下位等級の座席っていうのは、縦長に小さいマットレスみたいなのを敷き詰めて奴隷船よろしくみんな一列に横になれる様になっていて、戸棚から何か出そうとするとゴキブリが降って来る様な所で、でもそんな所でもそのマットレスみたいなエリアを予約出来て、ちゃんと予約して行ったのに、見知らぬおばちゃんに横取りされて大喧嘩したよなぁ(^_^;)。

あの時は結局おばちゃんは最後まで頑張って、ワタシの方が全然別の場所をあてがわれたんだよな(+_+)。でもシートが確保できて不幸中の幸いだった。

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そうそう、座席と言えば西豪州で乗った電車の中に、

「学生料金は立て。」

って書いてあってなんか妙にナットクしたな。

でも、確か「学生料金は立て。」じゃなくて、

『シルバー(年金受給者)の割引乗車券とか学生とか、そういう正規料金じゃ無いヤツは、正規料金の人の為に立て』

って書いてあった様な気がしたんだけれども、高福祉・高社会保障の豪州にあってそれはないだろ、ワタシの英訳が違ってるんだろ、って疑問だったんだよな〜(どなたかご存じでしたら真相を教えて下さいm(_ _)m。)

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「座席」じゃないけれど、鉄道で思い出すのは、香港(97年の変換前)から中国大陸の入り口である深[土川](漢字は「深」に土へんに川という字・しぇんちぇん・日本読みでしんせん)に向かう列車*。

(*深[土川]に向かう列車>確か「九廣鉄路」。通称「KCR」。香港の「九龍總站」という駅(現在は「ホンハム車站」に改名か? )から「羅湖站」まで行く。「羅湖站」もまだ香港領内だが、そこから歩いて国境の川を渡れば、そこはもう中国(^-^)。っつっても『深[土川]特別区』だから大陸とはやっぱり違うけれど、明らかに「香港」とは違う「中国」がそこにはある。)

香港の人は、結構マナーがきちんとしていて、香港の中を走るMTRでは押し合いへしあいっていうのは無いんだけれども、この「九廣鉄路」だけは例外。

それも「羅湖站」(中国国境の終着駅)に着く迄は、みんなMTRに乗っている時と同様、おすましして乗っているんだけれども、いざ、列車が「羅湖站」に到着するやいなや、みんな押し合いへし合いし始めるのだ。

こころなしか顔つきまで変わって、『香港人』が『中国人』に変わる瞬間である。

もちろん、「羅湖站」から乗り込んで来るときも押し合いへし合いしながら乗り込んで来て、(中国)大陸内と同じく、車内に(流石に餌まではやらないけれど)鶏を持ち込んでる光景なんかも見られるんだけれども、終点の「九龍總站」をはじめ、その他の香港の駅で降りて行く時にはもう、おすましした「香港人」に早変わりしていて興味深い。

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香港は、『紳士の国』英国に統治されていたからマナーにうるさいんだろうけれども、どっこい、当の『本土の人』である英国人(在香港の)は、お国ではどうだか知らないけれど、香港では非常にマナーが悪い。

っていうかマナーマナーって日本人をよく、したり顔で批判する白人の人(特に米国や英国の人)は総じてみんなアジアではマナーが悪い。平気で人を押しのけるし、蹴るし・・・ドミ(安宿の相部屋や蚕棚式の部屋)でも本当にルールとかマナーとかが守れてない人が多くて閉口してしまう。(ちなみに、日本の旅行者は、そういう所では夜更かしが嫌がられているので注意しませう。)

きっとそういう人達は、『野蛮な』国に来て気が立ってるのかもしれないけれども「そういうお前等こそ、すげー野蛮だよっ」て思う。そういう点ではヒッピーっぽい人の方がお行儀が良いけれども、そういう人は薬(ヤク)やってるしなぁ・・・(^_^;)。

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ちょっと横道にそれましたが・・・

まぁ、座席は国の内外を問わず社会的弱者(お年寄り、カラダの不自由な人、怪我をしている人、妊婦さんなど)を優先しませう。

それ以外は壮絶な席取り合戦を体験するのも又、旅の楽しみの一つかもね(^-^)。

そうそう、印度では席取りを代行してくれるお兄さんもいるので、そういう人に頼むのも旅のお土産話になるかもしれません。